チューリングテスト イミテーション・ゲーム
(<公式>映画『イミテーション・ゲーム / エニグマと天才数学者の秘密』オフィシャルサイト|大ヒット上映中)
この映画がどこまで実際にあったことを示しているかというのはよくわからないですが、最後のシーンでチューリングが学生の頃に亡くなったほとんど恋人に近い友人を蘇らせようというのがチューリングマシンの開発のほとんど根本的な動機のように描かれていてとても驚きました。クリストファーがチューリングの学生の頃の友人、自分をいじめから救ってくれるような唯一の友人であり、チューリングマシンにも同じ名で名付けられているのは気づいていましたが、それは単にチューリングの数少ない思い出からくる程度のものであると途中まで思っていたので、本当に死者復活を望んでいたかのように「孤独になるのは嫌だ」と嗚咽を漏らして泣く姿にとても心を打たれました。
エニグマは暗号パターンが159×10の18乗もある、しかもそのパターンが一日毎に変更されてしまう、というわけで人間がそれについて手計算で解読しようと試みても絶対に間に合わない。マシンにはマシンを。チューリングが考えたのはエニグマに対するユニバーサルマシン、つまり一日毎に変わってしまう暗号に対して一つ一つ計算していくやり方ではなく、どんな暗号の鍵をもってしても同じように解読が可能な機械の構築でした。と言っても、何か特別なことをしているというよりは、計算する人数を機械によって増やすということであり、暗号のパターンを一つ一つ探索していくというもので、当時の技術では結局時間がかかることに変わりはありません。機械に計算させているだけでは一つの暗号さえも解けず(もちろん理論的には時間があれば人間が費やす1200万年より速く計算を終えることができるのですが)、上官のデニストンにこの機械が役に立たないならチューリングお前はクビだ、と言われてしまいます。
ユニバーサル(万能)とは何なのかということについて考えさせられますが、結局時間内に暗号を解くということために機械的技術的方法とは全く関係のないように見える人間の習慣を機械に組み入れるということをすることになります。ユニバーサルマシンというのはここでも現在でもない場所で計算しているようなものです。なぜならそれはいつまでに何々をするといったようないかなる約束もすることはできません。マシンに一ヶ月後までに暗号を解けといったところで何もしてくれません。それを現実の戦争にコミットさせるには人間が思考してマシンに「今、ここ」のヒントを与える事が重要でした。具体的には電波で飛び交う暗号の盗聴役(?)の仕事の女性が、暗号で通信されている文書にも関わらずそれを通信している人間が恋をしていると奇妙なことを語ったことがヒントでした。その人物はいつも同じ5文字を暗号文に記している、これがきっと恋人の名前よ、というわけです。それでチューリングらは「愛が戦争を終わらせるぞ」と走りだすわけですが、愛とはつまりヒトラーへの愛、ハイル・ヒトラーはどの暗号にも書かれているので、それらの文字は暗号を解かずとも決定している。それによって暗号解読時間を大幅に短縮させることができたのですが、一方でこれはエニグマについてそして暗号の文面にハイル・ヒトラーと記している限りにおいて暗号を一日以内に解けるということであって、それらの規則を変えられたら全くクリストファーはまたしても役立たずになってしまいます。なので、決定的な瞬間が来るまでチューリングらは暗号を解いた事実を隠すことになります。人間が何らかのパラメータを彼が常識的に認識しているような方法でマシンに打ちこまない限りある約束された時間内の計算はできない、その見え方が間接的になっているかもしれませんがこれは今もあまり変わっていないような気がします。
ここではラブレターと暗号文を橋渡しするという発想がなければ問題が解かれることはなかったでしょう。チューリングがそのことを思いつかなかったのは彼の学生時代の暗号化済みのラブレターが届かなかったことと関連しているかもしれません。しかしそのことは置いておいて、ここで問題にしたいのは
人間が行うその一見無関連に見えるようなモノとモノとの橋渡しについてです。ここに人工知能と比較した時の人間の知性(しかし、知性というのも曖昧で単なる特徴が適切かも)があると思うのです。
去年の6月チューリングテストを突破したというプログラムが話題になりましたが、上の記事によればAIの研究者はその会話が言葉の不明瞭さやごまかしに依存しているだけだと言っています。チューリングテストは人工知能の知性をはかるのに用いられますが、一体ごまかしでない真の知性とは何でしょうか。
(Research Blog: From Pixels to Actions: Human-level control through Deep Reinforcement Learning)
これはすごいニュースですが、批判もあります。
ブロック崩しならブロック崩しに適応したゲームを攻略するプログラムができあがる、しかしそのプログラムは人間によるリプログラミング無しには他のゲームに全く応用ができないだろうということです。人間であればスーパーマリオをファミコンでやっていればだいたいの横スクロールゲーム(くにおくんでもワギャンランドでもレッドアリーマーでも何でもいいですが…古い)は説明書がなくてもやり方がわかるし、ある程度のところまでステージを進めることができる。マリオのプレイ経験が他でも活かすことはできるわけです。しかし、AIにそのゲームどうしのプレイ経験を橋渡しすることができるのかという批判があるわけです。
われわれのAIは一から学習する、うむ、しかしあらゆることを一から学習しないといけないとしたらそれは果たして何に使えるのでしょうか(もちろんそれでもすごいことなのですが)。一ではなくて四ぐらいのところからはじめられるプログラムは可能でしょうか。
最近暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)これを読んだのですが、ユクスキュルの環世界の概念が使われています。人間は環世界移動能力が他の動物に比べてとても高いと書かれているのですが、移動の前に複数の環世界を眺めることが人間には可能なのではないかと思うのです。映画の例で言えば、ラブレターと暗号文を同一の地平で眺めるような。ゲームのAIの例で言えば、マリオとワギャンランドを複数の環世界として同じように見ることができるような思考はどうやって可能なのか。それをとりあえずメタファーとモノマネと言っているのですが、それがプログラミングという段階になった時どうなるのか今のところよくわかりません。
第2次世界大戦下の1939年イギリス、若き天才数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)はドイツ軍の暗号エニグマを解読するチームの一員となる。高慢で不器用な彼は暗号解読をゲーム感覚で捉え、仲間から孤立して作業に没頭していたが、やがて理解者が現れその目的は人命を救うことに変化していく。いつしか一丸となったチームは、思わぬきっかけでエニグマを解き明かすが……。
映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』 - シネマトゥデイ
米国人発明家トーマス・エジソン(Thomas Edison)は、死者の声を聞く機器を制作する構想を練っていた──この野心的な構想について記した著書が今週、フランスで出版される。没後に出版された同原著では、最終章にこの構想についての記載があったが、後に削除されたために失われかけていた。
エジソンは、幽霊は存在すると信じていたばかりか、幽霊は非常に話し好きとまで考えていたようだ。「実在する人間の声の録音が可能になることや、この世に実在しない死者の声を聞こえるようにすることをエジソンは思い描いていた」とボードワン氏は話している。
死者の声聞く「失われた」発明、エジソン著書再版で明るみに 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
自己超越的な情動には、極めて広い範囲にわたるさまざまな形態が認められる。喜びに溢れたものもあり、悲しみに満ちたものもあり、悲劇的なものもあり、抒情的なものもある。しかし繰返して言えば、それらに共通する分母というのは、自己自身の限界を越えるある種の体験に対して綜合的に参加しようという感情である。
自己主張的な情動は、肉体的な行動に向かって現れる傾向がある。一方、自己超越的な情動は本質的に受身であってカタルシス的な傾向を持っている。畏れや驚きに「打ち倒される」こと、微笑みに「魅了される」こと、あるいは美しさに「心を奪われる」こと、――こうした言葉は受身的にそこに跪いて降伏してしまっている状態を表しているのであり、また人間個人の持っている孤島的な限界をのり越えて、他の人間(生死にかかわらず)やあるいはより高次の存在(それが現実であると幻想であるとを問わず)のような、自らがその一部であると感じるような存在に対して、共生的に連なって行こうという強い熱意を示してもいるのである。
『機械の中の幽霊』ケストラー
この映画がどこまで実際にあったことを示しているかというのはよくわからないですが、最後のシーンでチューリングが学生の頃に亡くなったほとんど恋人に近い友人を蘇らせようというのがチューリングマシンの開発のほとんど根本的な動機のように描かれていてとても驚きました。クリストファーがチューリングの学生の頃の友人、自分をいじめから救ってくれるような唯一の友人であり、チューリングマシンにも同じ名で名付けられているのは気づいていましたが、それは単にチューリングの数少ない思い出からくる程度のものであると途中まで思っていたので、本当に死者復活を望んでいたかのように「孤独になるのは嫌だ」と嗚咽を漏らして泣く姿にとても心を打たれました。
彼の戦いの相手は数だ。エニグマが難攻不落と言われるのは組み合わせの膨大な数。暗号パターンは159の後に0が18個も続く、まさに天文学的数字。10人が1日24時間働いても全部調べ終えるまで1200万年もかかるというから人間技では到底不可能だ。チームリーダーに選ばれたチェスのイギリスチャンピオン、ヒュー・アレグサンダー(マシュー・グード)のもと、精鋭チームは始動するが、変人チューリングは一人勝手にマシンを作りはじめ、制作費を却下されたらチャーチル首相に手紙で直訴するなど勝手放題。首相から責任者に命じられると同僚をクビにして、孤立を深めていく。
『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』 - 映画レビュー
エニグマは暗号パターンが159×10の18乗もある、しかもそのパターンが一日毎に変更されてしまう、というわけで人間がそれについて手計算で解読しようと試みても絶対に間に合わない。マシンにはマシンを。チューリングが考えたのはエニグマに対するユニバーサルマシン、つまり一日毎に変わってしまう暗号に対して一つ一つ計算していくやり方ではなく、どんな暗号の鍵をもってしても同じように解読が可能な機械の構築でした。と言っても、何か特別なことをしているというよりは、計算する人数を機械によって増やすということであり、暗号のパターンを一つ一つ探索していくというもので、当時の技術では結局時間がかかることに変わりはありません。機械に計算させているだけでは一つの暗号さえも解けず(もちろん理論的には時間があれば人間が費やす1200万年より速く計算を終えることができるのですが)、上官のデニストンにこの機械が役に立たないならチューリングお前はクビだ、と言われてしまいます。
ユニバーサル(万能)とは何なのかということについて考えさせられますが、結局時間内に暗号を解くということために機械的技術的方法とは全く関係のないように見える人間の習慣を機械に組み入れるということをすることになります。ユニバーサルマシンというのはここでも現在でもない場所で計算しているようなものです。なぜならそれはいつまでに何々をするといったようないかなる約束もすることはできません。マシンに一ヶ月後までに暗号を解けといったところで何もしてくれません。それを現実の戦争にコミットさせるには人間が思考してマシンに「今、ここ」のヒントを与える事が重要でした。具体的には電波で飛び交う暗号の盗聴役(?)の仕事の女性が、暗号で通信されている文書にも関わらずそれを通信している人間が恋をしていると奇妙なことを語ったことがヒントでした。その人物はいつも同じ5文字を暗号文に記している、これがきっと恋人の名前よ、というわけです。それでチューリングらは「愛が戦争を終わらせるぞ」と走りだすわけですが、愛とはつまりヒトラーへの愛、ハイル・ヒトラーはどの暗号にも書かれているので、それらの文字は暗号を解かずとも決定している。それによって暗号解読時間を大幅に短縮させることができたのですが、一方でこれはエニグマについてそして暗号の文面にハイル・ヒトラーと記している限りにおいて暗号を一日以内に解けるということであって、それらの規則を変えられたら全くクリストファーはまたしても役立たずになってしまいます。なので、決定的な瞬間が来るまでチューリングらは暗号を解いた事実を隠すことになります。人間が何らかのパラメータを彼が常識的に認識しているような方法でマシンに打ちこまない限りある約束された時間内の計算はできない、その見え方が間接的になっているかもしれませんがこれは今もあまり変わっていないような気がします。
ここではラブレターと暗号文を橋渡しするという発想がなければ問題が解かれることはなかったでしょう。チューリングがそのことを思いつかなかったのは彼の学生時代の暗号化済みのラブレターが届かなかったことと関連しているかもしれません。しかしそのことは置いておいて、ここで問題にしたいのは
人間が行うその一見無関連に見えるようなモノとモノとの橋渡しについてです。ここに人工知能と比較した時の人間の知性(しかし、知性というのも曖昧で単なる特徴が適切かも)があると思うのです。
A chatbot called Eugene Goostman made headlines last June for supposedly passing the Turing test in a contest organized at the University of Reading in the U.K. The software convinced 30 percent of the human judges involved that it was human. But as many AI experts pointed out at the time, and as transcripts of conversations with Goostman show, the chatbot relies on obfuscation and subterfuge rather than the natural back and forth of intelligent conversation.
Here’s an excerpt from one exchange, for example:
The Quest to Measure Machine Intelligence | MIT Technology Review
去年の6月チューリングテストを突破したというプログラムが話題になりましたが、上の記事によればAIの研究者はその会話が言葉の不明瞭さやごまかしに依存しているだけだと言っています。チューリングテストは人工知能の知性をはかるのに用いられますが、一体ごまかしでない真の知性とは何でしょうか。
米グーグルは「ブロック崩し」などの電子ゲームの攻略法を遊びながら自ら編み出し、人間以上の高得点を出せる人工知能(AI)を開発した。やり方を教わらなくても自分で学習するAIに道を開く研究成果で、将来は人間にしかできないと思われていた複雑な仕事をこなせるようになる可能性もある。26日付の英科学誌ネイチャー(電子版)で発表する。
開発したのは、人間の脳の神経回路をまねた学習機能を持つAI「DQN」。スペースインベーダーやブロック崩しなど懐かしのゲーム49種類をAIに与えた。ゲームの事前知識を教えなくても、人間のように繰り返し遊ぶことでやり方を学び、高得点を取る秘訣を編み出す。
ブロック崩しを約100回遊ばせた段階では、AIは飛んでくるボールをうまく打ち返せないなど苦戦していたが、400回遊ぶと取りこぼしはほぼなくなった。600回を超えると、端のブロックに攻撃を集中して穴を開け、ブロックの裏側にもボールを送り込んで崩す攻略法を発見し、高得点を出せるようになった。
グーグル、自ら学ぶ人工知能開発 ゲーム繰り返し遊んで攻略 :日本経済新聞
(Research Blog: From Pixels to Actions: Human-level control through Deep Reinforcement Learning)
これはすごいニュースですが、批判もあります。
She gives the example of AI chess players, which are able to play the game at a level few human players can match but are unable to switch to simpler games, such as checkers or Monopoly. “This is true of many intellectually challenging tasks,” says Morgenstern. “You can develop a system that is great at performing a single task, but it is likely that it won’t be able to do seemingly related tasks without a whole lot of programming and tinkering.”
The Quest to Measure Machine Intelligence | MIT Technology Review
グラディウスができる人はパロディウスもできるが異なるゲームの経験どうしはどうなってるのだろう: "Google、「DQN」という人工知能を開発、ゼロからゲームをプレイして自力で攻略方法を見つける" http://t.co/nSFp2Xd1tA
— kitagawa (@kinaoto) February 26, 2015
ブロック崩しならブロック崩しに適応したゲームを攻略するプログラムができあがる、しかしそのプログラムは人間によるリプログラミング無しには他のゲームに全く応用ができないだろうということです。人間であればスーパーマリオをファミコンでやっていればだいたいの横スクロールゲーム(くにおくんでもワギャンランドでもレッドアリーマーでも何でもいいですが…古い)は説明書がなくてもやり方がわかるし、ある程度のところまでステージを進めることができる。マリオのプレイ経験が他でも活かすことはできるわけです。しかし、AIにそのゲームどうしのプレイ経験を橋渡しすることができるのかという批判があるわけです。
「『Deep Blue』(1997年に当時のチェス世界チャンピオンを打ち負かしたIBMのスパコン)の場合は、開発チームにチェスの名人が加わっていて、彼らがプログラムに注ぎ込んだチェスの知識をただ実行したにすぎず、何ひとつ学習したわけではない」とハサビス氏は説明する。「それに対して、われわれのAIは一から学習する。知覚的な経験を与えてやると、そこから直接学びとる。予期せぬ事柄に遭遇すると、そこから学習し適応する。プログラムの設計者自身が解決法を知っている必要はない」
ゲーム攻略で人間を超えた人工知能、その名は「DQN」 « WIRED.jp
われわれのAIは一から学習する、うむ、しかしあらゆることを一から学習しないといけないとしたらそれは果たして何に使えるのでしょうか(もちろんそれでもすごいことなのですが)。一ではなくて四ぐらいのところからはじめられるプログラムは可能でしょうか。
唐突に暇倫の感想を、人間が動物より環世界移動能力がとても高い、の代わりに人間は複数の環世界を眺める事ができる、でその移動をメタファーやモノマネを通じて主体的に行えるの方が良い気がした。その複数性こそが物自体、ものをプリズムのように人間は見る。動物は偶然複数性に出会う時がある。
— kitagawa (@kinaoto) March 15, 2015
最近暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)これを読んだのですが、ユクスキュルの環世界の概念が使われています。人間は環世界移動能力が他の動物に比べてとても高いと書かれているのですが、移動の前に複数の環世界を眺めることが人間には可能なのではないかと思うのです。映画の例で言えば、ラブレターと暗号文を同一の地平で眺めるような。ゲームのAIの例で言えば、マリオとワギャンランドを複数の環世界として同じように見ることができるような思考はどうやって可能なのか。それをとりあえずメタファーとモノマネと言っているのですが、それがプログラミングという段階になった時どうなるのか今のところよくわかりません。
9/10/2020
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