サンタクロースに取って代わる! シャザム!
身寄りがなく思春期真っただ中の今どきの少年ビリー・バットソン(アッシャー・エンジェル)は、ある日、謎の魔術師の目に留まり、世界の救世主に選ばれる。そして「シャザム!」と唱えるやS=ソロモンの知力、H=ヘラクラスの強さ、A=アトラスのスタミナ、Z=ゼウスのパワー、A=アキレスの勇気、M=マーキューリーの飛行力という6つのパワーを持ち合わせた大人のスーパーヒーローに変身できるように。しかし身体は大人になっても心は少年のままであるため、悪友フレディ(ジャック・ディラン・グレイザー)と一緒になって怪力をそこかしこで試したり稲妻パワーをスマートフォンの充電に使ってみたりと、スーパーパワーをいたずらに使ってしまう。そんな彼の前に魔法の力を狙うDr.シヴァナが出現。さらに7つの大罪というクリーチャーたちが召喚され、フレディがさらわれ、遊んでいる場合ではないことに気づく……。
シャザム! | 映画-Movie Walker
(Meet SHAZAM! - In Theaters April 5 - YouTube) |
最もクリスマス感のないクリスマス映画
今はもう四月だが、この映画は紛れもなくクリスマス映画である。サンタクロースは出てくるし、クリスマスリース、クリスマスツリーの飾りつけなどが行われている。けれど、この映画はおかしなことにクリスマスソングもほとんど流れないし、まったくクリスマス映画感がないのだ。むしろそれを積極的に否定している。シャザム(ザカリー・リーバイ)に変身するときビリーに落雷が発生する。彼が「シャザム!」というとそれが起こるのだが、里親がクリスマスツリーの飾りつけをしているときに家の中に落雷が発生し、ツリーの電飾がすべて消えてしまう。里親は急に停電が起こって困惑するが、それ以降クリスマスツリーの存在感はなくなってしまう。里子たちの写真が飾られたリースは、シヴァナ(マーク・ストロング)がロック・オブ・エタニティという老シャザム(ジャイモン・フンスー)のいる神殿への扉を開くために捨て置かれてしまう。
最もひどいのはサンタクロースに対する扱いだ。サンタはショッピングモールの広場で子供たちと記念撮影をしているが、子供の一人から「暑いときは何をしているの?」と聞かれてしまう。サンタは「いつも子供たちの心の中にいるよ」と答えるのだが、そこに戦闘で吹っ飛ばされてきたシャザムが墜落してきて、現場はパニックになりサンタは子供をおいて誰よりも先に逃げ去ってしまう。最後の遊園地でシャザムたちが勝利したあとで、彼らを称えるニュース映像の中にサンタが割り込んできて、「あいつらはク○野郎だ」などとシャザムに対して延々と悪口を言っている。このようにサンタはひどい人格のものとして描かれる。ここまで含めて、クリスマスが否定的に描かれるのはなぜなのだろうか。
クリスマスを否定する『グリンチ』
(The Grinch - Official Trailer [HD] - YouTube) |
去年の冬に公開された『グリンチ』(映画ーミニオンズ=動く絵本 グリンチ | kitlog)もクリスマス嫌いの映画だった。主人公のグリンチはこの映画の登場人物と同じように孤児で、子供のころに自分だけ親がいなくてクリスマスを祝ってもらえなかったことに傷ついて、大人になってからもクリスマスを嫌っている。彼は街を見下ろすことができる城に住んでいて、街でクリスマスが行われているのが気に食わないといって、クリスマスを盗むことを計画する。彼はサンタクロースについて研究して、サンタクロースがまるで透明人間のようにこっそり子供たちにプレゼントを渡すことの逆にプレゼントやツリーや飾り付けを誰にも知られずに盗もうとする。彼はサンタの格好でその任務を遂行していくが、最後に一人の女の子に見つかってしまう。
女の子はサンタを捕まえて具体的にお願いを伝えようとしていたのだ。そのために罠を用意していた。女の子はグリンチをサンタだと思ってお願いを言ったのだが、朝起きてみると家からプレゼントや飾りがなくなっている。女の子は自分がサンタにひどいことをしたから、こんなことになったのだと自分を責めている。女の子はシングルマザーの母親が毎日休む暇もなくとても忙しくしているので、このまま行くと自分が捨てられてしまうのではないかと不安なのだ。それは母が過労で病気になったりして捨てられた状態になることも含んでいる。だから、サンタに「自分のプレゼントはいらないから、母を休めるようにしてあげて」と頼もうと思っていた。そして彼女の母親は娘のしたことと気持ちを察して「あなたのせいじゃない」という。クリスマスが盗まれたのも母親が忙しいのも女の子のせいではないのだ。そのような優しさの中でクリスマスはそのための物質がなくても行われる。グリンチはそれを見てクリスマスを返しにいく。彼は自分が孤児だったことを告げて謝り、自分の家へ帰っていく。すると、あの女の子が「それはあなたのせいじゃないよ」といわんばかりに、グリンチをパーティーに誘いにやってくる。
「あなたのせいじゃない」
(SHAZAM! - Official Trailer 2 - Only In Theaters April 5 - YouTube) |
この映画の登場人物はほとんど孤児である。主人公はグループホームに住んでいて周りにいるのはみな孤児だし、ヴィランのシヴァナは父や兄から蔑まれていて孤児同然の状態である。ビリーとシヴァナをわけるのは「あなたのせいじゃない」といわれたかどうかである。
カストリアディスは、「他者の差異について、その人物がだれで何をするのかということにお構いなく、たんに差異というだけで尊重する」つもりのないことを強調しようと苦心している。(中略)そのような権利を承認することは、当該の差異のメリットとデメリットが議論され、(願わくば)意見の一致を見るように、人々を対話に誘うことである。したがってそれは、人間がとりうる生活形態の多元性を頑として認めない、多方面にわたる原理主義と、基本的に異なっている。のみならず、差異が本源的なものである以上、異なる生活様式の間ですり合わせをすることは虚しいと考える、いくつかのいわゆる「多文化主義的」政策によって奨励される類の寛容とも、本質的に異なっている。カストリアディスの提唱する立場は、二つの戦線において、その主張を防御しなければならない。一方では、文化的な粛清運動や抑圧的な同質化という形態をとる関与に対して。他方では、撤退という高慢かつ冷淡な無関心に対して。(p121,122)
『コミュニティ』ジグムント・バウマン
1974年、シヴァナは車に乗っている最中、父と兄に「お前は男らしくない、男なら男らしくしろ」と馬鹿にされる。するとなぜか父と兄の姿が消え、ロック・オブ・エタニティでヒーローの審査を受ける。そこで不合格になってしまうのだが、その後現実に戻ったときに「変な神殿に行ったんだ!」と少しパニックになってしまったため、運転している父を驚かせて交通事故にあいそうになってしまう。車がスピンして何ともなかったと油断していたときにトラックが突っ込んできて、彼らの車は吹っ飛ばされる。その時に、シヴァナと兄は助かったが父は車椅子になってしまった。その事故が起こったのは父と兄から「お前のせいだ」とシヴァナはずっと責められている。シヴァナは七つの大罪の力を得て、父と兄のいる会社の会議に乗り込む。彼はそこにいる全員を殺して、最後に父だけになるとその父は「金や会社が欲しいならいくらでもやる」といってゆるしを請うのだが、シヴァナは父からゆるしてほしかったのだ。「あなたのせいじゃない」と。だが、父は呼びかけには応じず、大罪の一つ「強欲」に食われてしまう。彼は自分のせいではない証拠を探すために古代文字を研究し、その証拠として大罪の力を得て父と兄のもとに帰ってきたのだった。
ビリーは子供のころ遊園地で母親とはぐれてそのまま孤児になってしまった。母親がとったダーツの景品のコンパスを彼が落としてしまい、それを追いかけるうちに母親の目の届かないところに来てしまっていた。母親が「それは道しるべになる」といっていたのだがはぐれてしまい、そうなったのは自分のせいだと思っていた。その後、彼は十四歳になって里親に隠れて実の母親を探していた。非合法なやり方で警察のデータベースにアクセスするなど、手段は選ばなかった。自分と同姓の家を何件も回るが母親は見つからない。その後、里子の仲間の助けで彼は母の居場所がここからすぐ近くであることを知る。彼はひとりで急いで母親のもとへ向かう。彼は母親と再会したのだが、母親は彼のことを見捨てていた。彼が遊園地で迷子になったとき、警察に保護されているのを見て、母親はそのまま保護されていたほうがいいのではないかと思ったのだという。彼女はそのときまだ十七歳で父親はすでに出ていっていてシングルマザーだった。当時彼らはおそらく保護されてしかるべき年齢だったが、おそらく知らなかったのだろう。ビリーは自分のせいで母親とはぐれたと思っていたが、そうではなかった。『グリンチ』の女の子のようにポジティブに「あなたのせいじゃない」といってもらえたわけではないが、ビリーはそれで解放されたように思える。
チャンスを与える
(SHAZAM! - Official Trailer 2 - Only In Theaters April 5 - YouTube) |
ビリーは母親は今は別の人物と住んでいて、ビリーが突然来て気まずい思いをしていた。彼は母との別れ際に、自分が母親からもらって大事にしていたコンパスのチャームボールをプレゼントする。しかし、彼女はそれが何なのか覚えていなかった。それでも、彼はそれを「あなたに必要なものだから」といって母に渡した。彼はチャンスを与えたのだ。それは道しるべだから、もしも母親がそのコンパスのことを思い出したらビリーのところに会いに来ることができるように。
ビリーは福祉施設で新しい里親を紹介されたとき「自分ひとりで生きていける」というが、法律で十八歳未満ではそんな自由はないのだという。そこの指導員はビリーに「里親になる人にチャンスを与えてほしい」という。このとき、彼には指導員が何を言っているのかわからなかったと思う。しかし、母親にコンパスをプレゼントしたビリーはもはやそうではない。
シャザムはいたるところに電撃を撒き散らすほどエネルギーに溢れていて、まるで永久機関のようである。しかし、シャザムはただの電撃を撒き散らしてスマホを充電するための電気を与えるヒーローではない。彼はチャンスを与える。彼は自分の力を里子の仲間に分け与えて彼ら五人全員をヒーローにする。それはヴィランのシヴァナが体内に有していた七つの大罪の「嫉妬」を無くしてしまうほどの力である。ここまで来るとサンタクロースの居場所がなくなってしまうだろう。サンタが彼に嫉妬するのも理解できる。
9/10/2020
更新
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