見せかけの他者 劇場版 呪術廻戦 0

幼少のころ、幼なじみの祈本里香を交通事故により目の前で失った乙骨憂太。

「約束だよ 里香と憂太は大人になったら結婚するの」

怨霊と化した里香の呪いに苦しみ、自身の死を望む乙骨だったが、最強の呪術師・五条悟によって、呪術高専に迎え入れられた。

そして、同級生の禪院真希・狗巻 棘・パンダと出会い、乙骨はある決意をする。

「生きてていいって自信が欲しいんだ」「僕は呪術高専で里香ちゃんの呪いを解きます」

一方、乙骨たちの前にかつて一般人を大量虐殺し高専を追放された最悪の呪詛師・夏油 傑が現れる。

「来たる12月24日 我々は百鬼夜行を行う」

呪術師だけの楽園を標榜する夏油は、非術師を殲滅させんと、ついに新宿・京都に千の呪いを放ち――

果たして、乙骨は夏油を止められるのか、そして、里香の解呪の行方は‥‥。

『劇場版 呪術廻戦 0』公式サイト

劇場版 呪術廻戦 0
『劇場版 呪術廻戦 0』予告|12月24日(金)公開/主題歌:King Gnu 「一途」 - YouTube

暗い時代の『ドラゴンボール』

アニメの第一期を見た限りでは『呪術廻戦』は『ドラゴンボール』に似ている。『呪術廻戦』の主人公・虎杖悠仁は何故か身体能力に優れている。設定が現実の日本に近いので、砲丸を野球のように手を振りかぶって投げて超人的な記録を出せば大騒ぎになっているだろうと気にはなるが、話はそっちにはいかない。彼の祖父が死んで、人の死に方に思いをめぐらすようになる。彼はオカルトの方に興味があり、オカルト研究部に所属している。そこで呪いが封印された呪物に遭遇してしまい、それを探しに来た呪術高専の伏黒恵から、呪いが実在していることについて聞かされる。この時点で彼は呪いのある世界へと入っていく。呪物に感化された呪いがオカルト部員を襲う。虎杖は持ち前の超人的な身体能力を使って、伏黒とともに彼らを助けようとする。虎杖には身体能力はあるが呪いに対して有効な呪力がない。彼は苦し紛れにその呪いの原因である呪物・両面宿儺の指を体内に取り込み呪力を得て、目の前の呪いを祓う。そこに呪術高専の五条悟がやってきて、虎杖にあることを提案する。呪術高専の保守派は危険な宿儺の指を破壊するため虎杖の死刑を宣告するが、五条は間に入って虎杖を「使える」と判断し、指を全20本集めてから死刑にしても遅くないと彼を生き延びさせる。虎杖はその指を集めることになる。そのことが彼にとって「正しい死」に向かっていることになるのだという。

『ドラゴンボール』の孫悟空は身体能力は超人並みだが、育ての祖父が死んでから山奥で自給自足の生活をしている。悟空の家には祖父が残したドラゴンボールがある。そこにドラゴンボールを集めているブルマがやって来て、悟空を車ではねてしまう(アニメでははねていて、漫画ではギリギリのところで車が止まっている)。悟空はほとんど無傷で立ち上がり、驚いたブルマに銃で撃たれるも殴られた程度といった感じで起き上がる。その後、ブルマは悟空の家でドラゴンボールの一つを見つけ、この球がいかにすごいものかを語り、それを譲ってくれないかというのだが、悟空は祖父の形見だからと拒否する。ブルマはドラゴンボールとボディガードの両方を得ようと、悟空をドラゴンボール集めの旅に誘い、悟空はブルマについていく。

ここでの両方の物語の進行は、身体能力は優れているが目的のない主人公が、何かを集める目的を持った人物と出会い、その目的の達成のために一緒に旅に出る、という風に進む。ただ、一方は宝探しであるが、もう一方は死体漁りや墓荒らしといった風である。宿儺の指があるところでは必ず呪いが発生し、呪いがあるところでは誰かが死んでいる。目的についていえば、孫悟空にはドラゴンボールでかなえたい願いがあるわけでもないし、虎杖は呪術高専に連れてこられたという感じで、何か具体的な目的あるわけでもない。宿儺を放っておけないとか、「正しい死」といったことはどれも抽象的で漠然としすぎている。『呪術廻戦 0』は主人公の違いのために、これとは違う物語で進む。

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『劇場版 呪術廻戦 0』予告|12月24日(金)公開/主題歌:King Gnu 「一途」 - YouTube

『鬼滅の刃』の変奏

『呪術廻戦 0』の主人公・乙骨憂太には目的がある。まだ幼い頃に結婚の約束までした祈本里香が事故で亡くなってしまい、その時から乙骨は「彼女の呪い」に憑りつかれる。彼に身の危険が迫ると彼女の呪いが勝手に発動して、周りの人間を傷つけてしまう。そのために引きこもって周囲の人間と関わらないようにしたのだが、逆に目立っていじめの対象になると祈本里香が発動して、いじめていた人間を半殺しにしてしまう。その事件で乙骨は呪術高専に見つかり、またしても五条悟は彼の呪いの力が役に立つと乙骨を入学させることになる。ここまでは受け身の対応だが、乙骨自身にも祈本里香の呪いを解きたいという呪術高専側とは別の目的を持つようになる。

ここまで書くと、物語が『鬼滅の刃』と似ていることに気づく。主人公にとって大切な女性が超常的な力で異形のものに変えられてしまい、それを治すために戦う。もちろん、隅から隅まで似ているということではないが、公開時期がとても近いために、その物語の類似と差異が何か重要な論点の書き換えではないのかと疑ってしまう。『鬼滅の刃』と『呪術廻戦 0』はどこが違っているのか。

物語と物語を救援するもの 劇場版 鬼滅の刃 無限列車編 - kitlog - 映画の批評

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『劇場版 呪術廻戦 0』予告|12月24日(金)公開/主題歌:King Gnu 「一途」 - YouTube

都合のいい呪い

最も気になるところは、姿を変えられた女性の性質だろう。『鬼滅の刃』の竈門禰豆子には人格があるが、祈本里香には人格がない。禰豆子は兄の竈門炭治郎を襲う可能性があるが、祈本里香は絶対に乙骨を攻撃しない。これは炭治郎と禰豆子が別の人格を持っていること、乙骨と里香が別の人格ではないことの違いだろう。物語の途中で「里香の呪い」は実際には乙骨の呪いだったことが明らかになるが、そもそも里香は人格としてはすでにこの世からいないのだ。里香の呪いは乙骨を守ってくれるが、それは全て乙骨に都合がいいからである。里香は乙骨に絶対に逆らわないし危険でもない。なので、彼が里香がしたことを見て怯えているのは、すごく嘘くさい。乙骨が最後の戦いで傷ついた禪院真希を介抱しようとすると、そのことに里香が嫉妬して真希に攻撃しようとするが、乙骨は「彼女は僕にとって大切な人だ」それを制止する。ここでも里香は乙骨自身なのだからナルシスティックに自分を演出しているだけではないかという気がしてならない。乙骨は里香に命を捧げる代わりに力をくれと契約をするが、戦いが終わるとそんな契約がなかったように彼は生きている。そもそも契約した相手が自分であれば、いないのも同然だ。彼の言う「純愛」は全て自分に向かっているが、すべての原因が自分だということの言い換えにもなっている。

女の人が登場する話を素直に楽しめないことも…。酒飲みで働かない夫を支える妻、見ず知らずの人と結婚することになる娘、妾に嫉妬する妻…、江戸時代の話とは分かっているし、話全体で見れば、笑ったり、ほろりとさせられたりする。

でも、どうしても気になってしまう。「落語の中の女の人、ちょっと都合よすぎない??」

WEB特集 “都合のいい女”なんかいない 女性落語家の挑戦 | エンタメ | NHKニュース

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『劇場版 呪術廻戦 0』予告|12月24日(金)公開/主題歌:King Gnu 「一途」 - YouTube

敵のいない敵

何があったのかはこの映画で詳しく描かれないが夏油傑は元は呪術高専にいた呪術師で、今は呪術師だけの世界を作りたいようだ。それは一種のエリート主義で、自分の方が普通の人間より能力があり、人間を守っているのになぜこそこそしていないといけないのかと言われるとごもっともだが、なぜ人間たちを猿と言い呪術師以外の殲滅を企てるのか。

ここでまた、『鬼滅の刃』に戻ると、この間まで放送していた遊郭編では妓夫太郎と堕姫という上弦の鬼が出てくる。彼らならその気になれば遊郭全体を一瞬で粉々にすることもできただろう。しかし、彼らは100年以上の間そうせず、遊郭と共存してきた。なぜか、それは彼らの信条が「自分たちが奪われた分は幸せな人間から取りたてる」ことだからだ。つまり、彼らは幸せな人間が存在していないと自分の存在意義を保つことができない。全体を滅ぼしてしまえば、幸せと不幸といった対立概念、対立した存在を全て失ってしまうことになる。彼らは他人の幸せに寄生することしかできないのだ。

対象ー犠牲者、際限なき対象は、必ずや消失し、死に、際限なく解剖されて、何も残らなくなります。そうなると、私がこの犠牲者に対して抱く欲望が、消滅という制限に直面する瞬間がやって来ます。欲望を満足させるための犠牲者がもはやいなくなってしまうのです。(p219)

サドに関する講演 『フーコー文学講義』 ミシェル・フーコー

他の感想から漏れてくる情報で何となく『幽遊白書』の仙水を思い出すが、彼のやろうとしたことの一つは人間界と魔界をつなげて魔界から妖怪を呼び寄せることだった。仙水のやらなければいけないことは人間界と魔界のゲートを開けるだけでとてもシンプルだ。しかし、『呪術廻戦0』の夏油傑は仙水が魔界から呼ぶような妖怪たちを人間界で地道に集めなければならない。この映画でも彼が寺院か何かにいて、悩みを抱えた女性から呪いを取り払い玉にして集める描写が出てくる。『呪術廻戦』の虎杖らが宿儺の指を集めないといけないのと同じように彼も何かを集めないといけない。そうしないと彼の達成する目的の準備が整わない。そして『呪術廻戦0』の中では夏油はまだ自分に必要なピースを集めている最中なのだ。彼は乙骨から里香を奪わなければならない。彼が計画した百鬼夜行は乙骨を孤立させ里香を奪うためのブラフなのだが、それは驚きよりも何か肩透かしを食らった感がある。夏油は乙骨との戦いで里香に対抗するために自分もレアな呪いを召喚するが、そういう手持ちの呪いで人間の殲滅作戦は決行できたのではないか。一番強い呪いがなければ計画を実行できないというわけでもないだろうし、里香は桑原がいないとゲートが開かないといったタイプのピースではないだろう。そうしなかったのは本当は人間の殲滅を考えていなかったのではないか。そうだとすれば五条悟とのエピソードも含めて描かれていないことが多すぎる。彼の復讐はその対象も計画も漠然としすぎている。(NEWS|TVアニメ「呪術廻戦」公式サイト二期放送決定のお知らせ)

最後は夏油のエリート主義対乙骨の友達第一主義のような対立が描かれる。夏油が禪院真希やパンダや狗巻をボコボコにして、特に夏油は呪力がない真希は必要ないというので、乙骨は怒り夏油を殺さなければいけないという。しかし、ここで夏油のしたようなひどいことをいつか普通の弱い人間たちがしてくるぞというのがおそらく夏油の立場なので、実際的には対立しているが思想的にはあまり対立していない。

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『劇場版 呪術廻戦 0』予告|12月24日(金)公開/主題歌:King Gnu 「一途」 - YouTube

日本の当局も謙虚な姿勢で、市場と対峙する必要があるのではないだろうか。市場の動きをコントロールすることは実体経済をコントロールすることにはならない。なぜなら、市場が実体経済を映し出しているからだ。鏡を自ら覆い隠してしまったら、自分の姿が見えなくなる。そのことに気づく必要があるのではないだろうか。

コラム:官製相場で冷え込む日本経済、期待と違う円・国債・株の現実=佐々木融氏 | ロイター

2/24/2022
更新

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