世界は暗号でできている ちはやふる 上の句

幼なじみの千早(広瀬すず)・太一(野村周平)・新(真剣佑)の3人は、いつも競技かるたで遊んでいたが、小学校卒業を境に離れ離れになってしまう。千早は一人になっても、競技かるたを教えてくれた新に「強くなったな」と言われたいという純粋な想いで、競技かるたを続けていた。千早は高校生になると、再会した太一とともに競技かるた部を作り、全国大会を目指す。全国大会に行けば新に会えるかもしれないという千早の気持ちを知りながらも、太一はかるた部の一員となる。3人と瑞沢高校かるた部の夏が始まる……。
ちはやふる -上の句- | Movie Walker

競技かるたの試合は一対一で行い、字が書かれた100枚の取り札のうち50枚を使い、双方が25枚ずつをならべます。87cm×51.4cmという競技範囲が決められていて、読まれた札に先に触れるかまたは競技範囲の外に出せば、その人の取りになります。読手(どくしゅ)は100枚の読み札の中から歌を読むので、読まれた札の半分は空札(からふだ)です。
実写版の映画『ちはやふる』を100倍楽しもう 【後編】  これが“競技かるた”だ! | OVO [オーヴォ]

ちはやふる 上の句
(「下の句」を観る前に! ”胸が熱くなる”「ちはやふる-上の句-」ダイジェスト!! - YouTube

人間が群衆のなかに埋没し、たんに一個の数になってしまっている悲惨な状態を、キルケゴールはひとりの人間がひとつの音より以上でも以下でもなくなるロシアの農奴の吹奏楽にたとえた。十九世紀のはじめごろロシアに旅行したスタール夫人の記述によると、その吹奏楽では、二十人の楽士のひとりひとりが、それぞれ、ドならド、レならレと、ひとつの音だけを出すように決められており、自分の音を出すべき順番がきたときにその音を出す。(略)マルクスも、人間が個性を奪われてたんなる生産用具に堕していることを指摘し、現代の労働者を特徴づけているのは人間相互間の交換可能性だと言っている。労働者の仕事は、もはやその質によって評価されないで、ただ量によってのみ評価される。

実存主義 (岩波新書 青版 456)』松浪信三郎 p46,47

数が問題である。部活動として認められるには最低5人の部員が必要で、かるたの大会に出るには最低5人必要だ。競技かるたでは100の札の内から50の札が選ばれ、残りの50の札は読まれても空札として畳の上には存在していない。それは全く偶然に選択されたものでなぜこの50枚が畳の上に並んでいるのかといったことには全く何の理由も意味もない。数合わせで50枚と決まっているから50枚が選ばれているのだ。それを競技者は覚えなくてはならない。何があって何がないか。そして、決まり字と呼ばれる読まれた札を早い時点で確定するための札の最初の方の文字を意識して、それがいくつあるかいくつ残っているかということを把握しておかないといけない。でないと競技では勝つことができない。

そこまで読まれればその札だと確定できる部分のことを「決まり字」といいます。たとえば1字決まりの「むすめふさほせ」なら「む」(むらさめの)で始まる歌は一枚しかありませんので、「む」と読まれたら取ることができます。上の句の2字で札が確定できる2字決まりの歌、3字の3字決まりという具合に最高6字決まりの「大山札」まであります。

試合が進むにつれてすでに読まれた札が増えてくると、本来なら3字決まりの札も1字で取れるようになったりします。あるいはどちらかの陣に、決まり字までの文字が共通する友札(ともふだ)がまとまって置いてある場合など、6字決まりの大山札であっても、1字、あるいは2字読まれただけで取れるという場合が出てきます。
実写版の映画『ちはやふる』を100倍楽しもう 【後編】  これが“競技かるた”だ! | OVO [オーヴォ]

その時、読まれている札の意味は全く関係ないし、上の例で言えば「む」と読み上げられた時点であとの句を聞かなくても札を取ることができるのでそれは全く機械的に行われる。ある札が読まれたとして、それが何かの意味を持つということを知らなくても、競技には勝つことはできるのだ。この部分だけ取り出してみれば、全く機械的という意味で先日の人工知能絡みのニュースが相似物として浮かんでくる。

さらに深い問題としては、機械学習プラットフォームは文章の構造を分析することでそれらしい回答を行うことはできるが、意味については理解していないということがある。たとえばTayは、多数のユーザーから「ホロコーストはなかった」と教え込まれた場合、しばらくしてから「ホロコーストは起きたのか」と質問されると、否定する反応を示し始める可能性がある。しかし、それは彼女がホロコーストとは何なのかを理解しているからではない。語られていることが「何」であり、人々が「なぜ」彼女に嘘をつきうるのかについて理解することは、完全にプログラミング能力の外にある。彼女が知っているのは、「ホロコーストは起こらなかった」と人々が彼女に語ったということだけだ。
ヘイト発言のAI「Tay」と女子高生AI「りんな」の差|WIRED.jp

綾瀬千早(広瀬すず)は高校に入学したらかるた部をつくろうと思っていたが、簡単には部員が集まらなかった。あと一人足りないということで、まだどの部活にも入っていない人を探して、それまで全くかるたに興味のなかった駒野勉(森永悠希)通称・机くんを勧誘し入部してもらった。最初は本当は数合わせのつもりだったと思う。かるたの練習より塾を優先して部活の途中で帰ろうとする机くんに千早は「あなたしかいないの、あなたが必要なの」というのだが、それがどこまで本当だったのかはそれまでのシーンからはうかがい知ることは難しい。しかしそこから彼女たちの関係は変わって、机くんも部員のかるた取りの癖などデータ分析を積極的に行うようになって、部の雰囲気はとても良くなる。練習には上達するためのいろいろな方法や多様なアプローチがあってとても自由だから、数のことなどまるで気にする必要が無い。データ分析でアプリを作るなどどんなことでも貢献しようと思えばすることができる。けれど、勝負が絡んでくると話は別だ。5人の団体戦では決められたルールの中でそのうち3人以上が勝たなければ上に行けないのだ。それは全く平等なルールであるが、同時に自分が数であることを思い出させる。自分だけが勝てない、つまりチームに貢献できないとしたらなおさらだ。机くんは自分が数合わせだったことを引き合いに出して、全くやる気を無くしてしまう。

「TVでクイーン戦などを見ていると、バーンと札を飛ばして取るのですが、あれはなぜですか?」と疑問に思う人が多いようです。それすごくよくわかります。選手は、素早く、低く、狙った札を取るわけですが、該当する札を競技範囲の外に出せば、その人の取りになるというルールなので、相撲にたとえれば土俵の外に出しているということです。その際、周囲の札を一緒に払って触っても、その陣の中に該当する札があればお手つきにはなりません。
実写版の映画『ちはやふる』を100倍楽しもう 【後編】  これが“競技かるた”だ! | OVO [オーヴォ]

競技中にやる気を無くし静かに正座している机くんの頬に、千早の飛ばして取った札が当たる。不意に記憶の鍵を復号をして開いたみたいに過去の光景がよみがえる。その札は「もろともに あわれとおもえ やまざくら はなよりほかに しるひともなし」だった(もちろん書かれているのは下の句だけだ)。訳は「私がお前をなつかしむのと同じように、お前も私をなつかしいものと思っておくれ、山桜よ。(このような山奥には)お前のほかに、(私の心を)知る人はいないのだよ。(もろともにの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典)」だ。劇中でこれは一般的な説明としてさびしい歌だとされるが千早は「あなたがいれば、がんばれる」というポジティブな句なのだと解釈する。それは部員だけにしか共有されない事実で、もし何か意味を持つとしたら部として活動した記憶の中にしか存在していない、そして実際に意味があるのだ。それは彼らにしかわからない暗号のようなものだ。(FBI、「iPhone」ロック解除で地方の法執行機関に支援を約束 - CNET Japan)(亡き息子のiPhoneロック解除して、父親がアップルCEOに直訴 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News)この問題で鍵が死んでしまった人の頭のなかにしかないように札が持つ意味それが開く記憶も彼らの中にしかない。先に書いたように競技をするためには意味は必要ないのだ。決まり字などを覚えてさえいれば良い。しかし、机くんは他の人には全く無意味で交換可能な札のなかに部の仲間がいたからがんばれたことを思い出して、そこに意味を見出した。彼は数合わせとして目の前に並んでいるかるたに意味があると知るのと同様に、自分が単に数合わせでないことを知るのだ。彼は実際には負けてしまうが、それでも彼らはそこでようやく全員がチームとして存在していることを実感できたはずだ。

かるたと人間が同時に固有の意味を持ち始めて物語を展開させることにこの映画のカタルシスはある。1000年前の言葉が超越的に意味を持ち自分のものにすることができるのだ。それらのことは他のキャラクター、他の句にも適用されているが、そのことについては『下の句』のときのためにとっておこう。



ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは


9/10/2020
更新

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