自転車からアウディに マイ・インターン

ジュールズ(アン・ハサウェイ)は、ニューヨークでファッション関係のネット通販会社を経営するやり手の女性社長だ。創業1年半で社員は25人から220人に増え、業績は順調。優しい夫とかわいい娘がいて、プライベートでも一見充実しているように見える。

その会社が「社会貢献」の名目で、65歳以上の見習社員(インターン)を募集した。そこへ応募してきた1人がベン(ロバート・デニーロ)だ。

40年勤めた印刷会社を退職し、愛妻に先立たれて3年半。決して不幸じゃないが、むなしい日々を送っていたベン。そんな彼に与えられたのは、40歳も年下のジュールズの指示を待つ仕事だった。

いつも穏やかな笑みをたたえ、困ったときに寄り添うように支えるベン。最初は彼を疎んじていたジュールズもやがて信頼を置くようになっていく。
マイ・インターン 女性社長を支える老紳士 - 西日本新聞

マイ・インターン
(映画『マイ・インターン』予告編(120秒)【HD】2015年10月10日公開 - YouTube

予告映像でも印象的なのだけど、物語の序盤ジュールズは自転車に乗って社内を移動している。早く移動できるし、エクササイズにもなるからだという。彼女の横にはベッキー(クリスティーナ・シェラー)が小走りで彼女の予定などを伝えている。ジュールズが社員を振り回していることの象徴だ。彼女が自転車を運転し、社員がそれについてまわる。会社が小さい規模のままならそれでも良かったが、成長が加速していくに連れて限界が見え始める。彼女の意思決定に社員がついていけず、社員に大きな負担を強いていることが明らかになる。そこで、外部からCEOを招いて経営の負担を軽くしてはどうかという話になる。それによってジュールズにも自分の時間、家族の時間が持てるようになる。会社、家族それぞれに問題はあるが、それをテクニカルに解決しようというのが最初の流れだった。しかし、彼女は本当は誰にも経営の邪魔をされたくないのだ。

マイ・インターン
(映画『マイ・インターン』予告編(120秒)【HD】2015年10月10日公開 - YouTube

ある時フロイトが、「あなたの生活信条は?」とたずねられて、いともあっさりと、「愛することと働くこと」(lieben und arbeiten)と答えたのは、あまりにも有名である。そして精神分析創始の由来をさかのぼるならば、フロイトが臨床医になり、神経症の治療をその天職とするに至ったのも、ひとえに、自分自身の労働によって生計をたて、それによって恋人マルタとの愛を達成するためであった。フロイトにとって「個」の自立とは、働くことによる自立であり、フロイトにとっての「愛」とは、このような”自立”の上に立ってはじめて可能な成人の「愛」であった。そうであればこそ、精神分析療法における知的共同作業(ともに働くこと)もまた、患者に、そのような自立と、成人の愛の達成を可能にするにちがいない。

フロイト (講談社学術文庫)』小此木啓吾p43,44

国の福祉政策のシニア採用により、ベンはジュールズの会社で働くことになる。彼は妻に先に亡くしてから独り、旅行や映画、読書、中国語教室などで時間を潰すような生活をしていた。外出しているときは何か社会の一員になれたような気がして朝のスタバでコーヒーを飲んでいるが、結局家に一人で帰ってくると虚しさが漂うだけだった。そこで、彼は仕事を探すことにする。フロイトが言うには愛と仕事が人生を充実させると彼自ら引用し自分に言い聞かせて。

ジュールズの会社はEコマースつまりネットで服を売っている会社で、採用方法もYouTubeに自己アピールをアップしろといった風に、実際にそういうのもあるらしいが型破りというか現代風、とにかくとても新しいことをやっている(と思っている)会社である。そんな中でベンにはほとんど仕事は回ってこないのだが、彼がジュールズの運転手の飲酒を注意し代わりに運転手を務めるところから状況は変化し始める。象徴が自転車からアウディに変化するのだ。自転車に乗る彼女は自分で意思決定し何でも自分が知っていて自分の思った通りに自分のペースで決める、自分が正しいのだ。(追記:何かの雑誌のインタビューでアン・ハサウェイがジュールズはエゴのために独善的なのではなく、単に一生懸命なのだと答えていたが、それを書くの忘れていた。)

アン・ハサウェイも「私が演じたジュールズは猛スピードの生活を送っているから、ベンにペースを落とされると思って最初はベンが来ることを嫌がるの。でもベンは彼女の言い分に黙って耳を傾け、批判したりせずありのままの彼女を受け入れて穏やかな雰囲気をもたらすのよ。それはベンがシニア世代だからこそできることだと思うの。二つの世代がぶつかり合って楽しかったわ」と話し、二つの世代がお互いに良い影響を及ぼしていく様子が面白いと語る。
ロバート・デ・ニーロが若者に“モテテク”を伝授!映画 『マイ・インターン』 | RBB TODAY

マイ・インターン
(映画『マイ・インターン』予告編(120秒)【HD】2015年10月10日公開 - YouTube

ジュールズは工場に向かう途中、ベンにこっちの通りを通ったほうが近いからそっちへ行ってと指示する。しかし、ベンはそれに従わず「こっちのほうが早いですよ。12分ばかり」と彼女の道順よりも早く目的地についてしまう。ペースを落とされるというが実際はベンのほうが目的地へ早く行ける方法を知っている。彼が自分にはほとんど関係のないような仕事についたのは、ジュールズが工場を改装してつくった職場が昔彼が40年間務めていた電話帳の印刷工場だったからということが後に判明する。要するに、この辺りのことは誰よりも詳しいのだが、それは単に道順だけのことではない。ジュールズはベンに様々な仕事を任せ始める。その際、彼は様々な人々の間に入って会社を裏側から運転していく。そう書くのは少し大袈裟かもしれないが、そこで自転車の役割はなくなって、代わりにベンが会社の情報伝達の媒介になる。

ハサウェイはいう。「コンピューターには詳しいけれど、人との直接的なコミュニケーション力はない若いスタッフばかりの会社で、ベンは、コンピューターから顔を上げて、しっかりと人と向き合いたい気持ちにみんなをさせる人なの」と。
コンピューターが使えなくても必要な人材になる姿は痛快 - 日経トレンディネット

ジュールズの夫マットはジュールズの会社の発展を機に、会社をやめてイクメンになった。が、フロイトにならっていうと愛と仕事に関して欠乏感を感じた彼は近所のママ友と浮気をしてしまう。そのことをジュールズは知っていた。彼女は自分の会社にCEOを受け入れ、経営をある程度任せることでできる時間を使って家族の問題を解決しよう、家族をもう一回やり直そうというのが彼女の計画だった。「自分は難しい女だから、マットがいなくなったら私はその後ずっと一人かもしれない」と彼女はベンに打ち明ける。マットとやり直す以外の選択肢は彼女にはないのだという。ベンは何か彼女に説教するわけでもなく、話を聞いて彼女の知らないところで一人で泣いていたりするのだけど、単にCEOを受け入れて時間を作るだけでは、何も解決しない見せかけだけの解決方法であるのは分かっている風だった。時間ができたとしても、本質的あるいは何か発展的な話し合い、行動が夫婦の間にもたらされる保証はどこにもないからだ。それでは、単に遠回りか、同じ所をぐるぐる回ってるだけになるかもしれない。最悪の場合、彼女は愛も仕事も失ってしまう。ベンのやったことは彼女に自信を持たせて自分の勇気と意志を信じるようにということをうまく伝えるだけだ。「誰が最初は25人だった会社を220人まで成長させたんだ?」とか「君には会社が必要だし、会社も君が必要だ」とか。それだけだが、それが一番早くてうまくいく方法であると彼は知っているのだろう。

ハサウェイは「今回の脚本で私が最も気に入った点のひとつが“ベンはジュールズが知らないことは何も伝えない”こと」だと言う。「ベンが彼女に与えるのは、彼女の時間管理の仕方や、ビジネスを委任する他人を信頼することなど、すでに知っていても自分でどうやったら良いかわからないことなの。ジュールはどうやったら良いのか自分でわかっているのよ。だから、自分がやらなくてはならない答えを学んでいくというよりも、自信をつけていくことが彼女の旅路だと思うの」
答えは“自分の中”にある。アン・ハサウェイが語る新作『マイ・インターン』|ニュース@ぴあ映画生活(1ページ)
9/10/2020
更新

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