音楽と記憶 her/世界でひとつの彼女
近未来のロサンゼルスを舞台に、携帯電話の音声アシスタントに恋心を抱いた男を描いたラブストーリー。他人の代わりに思いを伝える手紙を書く代筆ライターのセオドアは、長年連れ添った妻と別れ、傷心の日々を送っていた。そんな時、コンピューターや携帯電話から発せられる人工知能OS「サマンサ」の個性的で魅力的な声にひかれ、次第に“彼女”と過ごす時間に幸せを感じるようになる。
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ようやくDVDを借りて観ました。こういうのは映画館で観ればよかったなと思います。音響の感じが分からないというか暖房の音とかよくない雑音が家の中にはたくさんあって叙情的感じが薄れてしまっていけない、無音も聞こえないし、セックスのシーンも(実際には「ない」ですが)一人で観てたわけですが家族が気になるから(実際には家にひとりでした)か、ただ猥褻なだけに観えてしまう(それでいいのかもしれませんが)、それに画面が小さいと画面の端がすごく気になる(映画館では空間が溶けている感じがある)、というわけでなるべく今年も映画館で映画を観たいと思います。
はじめにセオドアがサマンサと遭遇した時、彼女が笑ったその感じが変というか変な笑い方だったので、その時からすでにこれは人間っぽいなと思わされてしまったのですが、より特徴的で驚いたのは下の会話です。サマンサは人工知能であることを理解しながらそれでもなお人間であるような感じがあります。
Theodore: What are you doing?
Samantha: I'm just sitting here, looking at the world and writing a new piece of music.
Theodore: Can I hear it? What's this one about?
Samantha: Well, I was thinking, we don't really have any photographs of us. And I thought this song could be like a photo that captures us in this moment in our life together.
Theodore: Aw, I like our photograph. I can see you in it.
Samantha: I am.
her/世界でひとつの彼女
サマンサは言います。「私たち二人で一緒の写真ってないでしょ、今作った曲がこの時間私たちが一緒にいたことを映す写真のようになればいいと思ったの」と。人工知能のサマンサに実体はありません、あるとしてもスマホのような端末かイヤホンだけです。それが写真として撮られていたとしてもサマンサにとって何ら特別なものではないのでしょう。ですが、写真を撮ることで一緒にいた感じを残すことは考えられなくもありません。たとえその写真の中にセオドアしか写っていなかったとしてもそれが思い出の写真で特別だということにしてタグやコメントをつけておけばいいのですから。
過去数年で時代遅れになったものをいくつか目撃してきたが、まずサインが挙げられる。前面カメラ付きの「iPhone(アイフォーン)」の発明以来、サインを求められたことは一度もない。「今時のキッズ」が欲しがる唯一の記念物はセルフィーで、これは「インスタグラムに何人のフォロワーがいるか」という新しい価値観の一部のようだ。
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しかし、人間の目と脳が写真機ではないようにサマンサも自分が写真機ではないといったような思いが感じられます。実際は写真でもいいはずなのです。サマンサの「入っている」端末が写真機のようなものなのですからそれで撮ればいい。しかし、サマンサはその時その場の雰囲気を表現した音楽を記憶の媒体に選びました。これは、記憶がハードディスクなどのようなストレージ(記憶装置)を使うと言った考えとは大分隔たっているように思います。写真を保存するにしても音楽を保存するにしてもそれを記憶として思い出すことは、現在それを再構成することに他なりません。その時の写真が残っていたとしてもそれはその場面のほんの一部であり、あとの部分はそこから再構成されることがなければ、その写真は現在何の意味も持つことがないでしょう。これはどんな外的記録が残っていたとしても同じことです、動画でもなんでもそれは後に人間が何かを思い出すときに再構成される際には、何かの一部なのです、外的記録が全体になることはありえません。上の会話からサマンサはそのことを理解しているように思えるのです。
音楽は記憶媒体としてとても高度というかとても抽象的なものです、それは他のものと同じようにその場その時の一部なのですが写真のようにパッと状況がわかることがないし、その音楽がある瞬間ある場所について如何に具体的で固有的なものなのか第三者からは何もわからないかもしれないものです。バッハでもベートーベンでもなんでもいいですが、それを聴いてそれが彼ら作曲家にとって如何に特別か、あるいはそれをある時ある場所で聴いた人にとって如何に特別かというのは説明されなければわからないものです。それが特別だということのストーリーが頭になければ、それはどこにでもある音楽の一つになってしまいます。ストーリーとは現在の瞬間を豊かにする感情的価値のことです。
音楽はアートで、アートは重要かつ希少である。重要で希少なものは価値がある。価値があるものには代価が支払われるべきだ。音楽は無料であるべきではないと私は考えており、いずれは個別のアーティストやその所属レーベルがアルバムの価格を設定するようになると予測している。自らを過小に評価し、アートの価値を見損なわないことを願う。
ハートを矢で射止める
アルバム販売については、人々がアルバムを買い続けているものの、その数が減っていることを指摘したい。買われているのは人々のハートを矢で射止める、または人々が勇気づける、人々が孤独を感じる際に自分だけがそう感じているのではないと思えるもので、現在アルバムを通じてのマルチプラチナ級の売り上げは20年前よりも難しいものの、アーティストとしてはこれをチャレンジや動機としてとらえるべきだろう。
人々の感情に訴えかけ、永遠に残るようなレベルに達するアーティストは常にいる。私が思うに、ファンの音楽に対する態度は恋愛関係と同じだ。楽しみのためだけの一時的な関係のような音楽(クラブやパーティーのダンスフロアで1カ月ほど流れまくり、ラジオでも大ヒットとなるが、やがてダンスの対象になったことも忘れられる)がある。人生の「季節」を象徴するような、かけがえのないものとしてわれわれの記憶に残るが、すでに時期や場所は過去となった関係のような曲やアルバムもある。
しかし、「運命の人」を見つけたのと同じ気持ちにさせるアーティストがいる。われわれは彼らが引退するまで発表し続けるすべてのアルバムを大切にし、自分の子どもや孫に彼らの音楽を聴かせる。アーティストにとってこれはファンたちと確立したいと思う夢のような絆である。私の父にとってのビーチ・ボーイズ、母にとってのカーリー・サイモンのようなこうした絆の可能性は将来もあるだろう。
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物語の途中、セオドアは感情がわからなくなります。
Theodore: Sometimes I think I have felt everything I'm ever gonna feel. And from here on out, I'm not gonna feel anything new. Just lesser versions of what I've already felt.
「感情の劣化版」、これは「感情の観念」ともいうべきものです。
観念は思考を停止したものです。観念は、思考が進むのをやめて、停止したり、それ自体に戻るときに生まれます。たとえばそれは弾丸が障害物にぶつかると熱を生ずるようなものです。しかし、その場合弾丸のなかにあらかじめ熱があったのではないのと同じように、観念は思考を構成する要素だったのではありません。たとえば、熱、生産、弾丸という観念をつなぎ合わせ、《なかに》と《それ自体》ということばに含まれている内側と反映という観念を加えて、《熱は弾丸のなかで生産される》ということばで私が表現した思考を再構成してみましょう。それが不可能であり、思考が不可分の運動であり、それぞれのことばに対応する観念は、思考が停止すれば思考の運動のそれぞれの瞬間に精神に生じてくる表象にすぎないことがわかるでしょう。しかし、思考は停止しないのです。ですから、思考を人工的に再構成することはやめて、思考そのものを考えましょう。
『精神のエネルギー (レグルス文庫)』ベルクソン p58,59
思考を感情に置き換えてみても成り立ちそうです。
感情の観念は感情を停止したものです。観念は、感情が進むのをやめて、停止したり、それ自体に戻るときに生まれます。……感情が不可分の運動であり、それぞれのことばに対応する観念は、感情が停止すれば感情の運動のそれぞれの瞬間に精神に生じてくる表象にすぎないことがわかるでしょう。しかし、感情は停止しないのです。ですから、感情を人工的に再構成することはやめて、感情そのものを感じましょう。
といったことを大人は子どもを見て学ぶのかもしれません。
脚本と監督を務めたスパイク・ジョーンズは、このサマンサ役がとても難しいものだったと語る。「サマンサは、この世界に生まれたばかりだ。彼女は不安を抱いたり、自信を失った経験がない子どものようなんだ。セオドアの生活を見守る中で、多くのことを学んでいき、経験する。スカーレットとは、大人が抱く恐怖をまだ知らなかった場所に戻るのが、どんなに難しいかを話したんだ」。
スカヨハの声に夢中! サマンサから珠玉の愛のフレーズを学ぶ『her』 | シネマカフェ cinemacafe.net
Samantha: The past is just a story we tell ourselves.
「僕の映画作り、いや人生全体において、人間関係はとても大切な要素なんだ。人工知能と恋に落ちる男の物語を通して、人とのつながり合いを問いかけるきっかけになるって思ったんだ。現代人の孤独を描いているかって? うーん、それはちょっとクリティック(批評的)な見方かもしれないね。確かにそうかもしれないけど、最初からそれを狙っているわけじゃないし、常に作品はパーソナルなものであるべきというのが、僕の持論。自伝的、という意味じゃなくてね」
her 世界でひとつの彼女 インタビュー: スパイク・ジョーンズ解体新書 アカデミー賞受賞した奇才の「現在・過去・未来」 - 映画.com
9/10/2020
更新
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