ネックレスの価値 オーシャンズ8
5年の刑期を終え、晴れて刑務所を出所したデビー・オーシャン(サンドラ・ブロック)。かつて“オーシャンズ”を率いたダニー・オーシャンを兄に持つ、生粋の強盗ファミリーの一員だ。出所早々、刑務所の中で考え抜いたプランを実行に移すべく、右腕のルー・ミラー(ケイト・ブランシェット)と共に、個性豊かな犯罪のプロたちに声を掛け、“オーシャンズ”を新結成する。集まったのは、いずれも一流の才能を持ちながら、冴えない生活を送るハッカーやスリ師、盗品ディーラー、ファッションデザイナー、宝飾デザイナーといった面々。彼女たちのターゲットは、世界最大のファッションの祭典“メットガラ”でハリウッド女優ダフネ・クルーガー(アン・ハサウェイ)が身に着ける1億5000万ドルの宝石。しかしその前には、網の目のように張り巡らされた防犯カメラに加え、屈強な男たちという世界一厳しいセキュリティが立ちはだかる。たった1秒の狂いが命取りになる。しかも、この祭典は世界中に生配信される予定となっていた。世界中が見守る前で宝石を盗み取るという前代未聞かつ型破りな犯罪。果たしてその計画は成功するのか……?そして、その裏に隠された更なるデビーの思惑とは……?
オーシャンズ8 | 映画-Movie Walker
(OCEAN'S 8 - Official 1st Trailer - YouTube) |
この映画は主人公のデビー・オーシャンが刑務所から出るところから始まる。彼女は『オーシャンズ11』の主人公ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)の妹だが、『オーシャンズ11』のはじまりのシーンを踏襲している。はじまりだけでなく全体の構成もほとんど同じだ。昔の信頼できる泥棒仲間に会ってそれから何人か仲間を集めて目当てのものを盗む、盗む計画には主人公の私情が混ざっているなど似ている部分が多い。そのためにどうしても『オーシャンズ11』と比較してしまう。比較した場合に最も気になるもの、両者の違いを決定的にしているものは、彼らが盗む対象である。それがそれぞれのストーリーや世界観を規定している。
ネックレスの制作にあたったのは、カルティエ(CARTIER)だ。映画製作者から「2連のネックレスにしてほしい」というリクエストを受け、カルティエは豊富なアーカイブの中から、1931年にジャック・カルティエがナワナガルのマハラジャにデザインしたジュエリーをインスピレーションにすることを考えついた。
それはラウンドダイヤモンドをファンシーピンク・ダイヤモンドやアジュールブルー・ダイヤモンドで繋ぎ、センターピースに136.25ctのブルーホワイトの「クイーン オブ ザ ネーデルランド」ダイヤモンドを用いた、「色つきダイヤモンドの世界一素晴らしいカスケード」と呼ばれるピース。残念なことに実物は、マハラジャが亡命した際に失われてしまったが、メゾンに残されたスケッチとアーカイブ写真によって今回蘇った。
映画『オーシャンズ8』で新生オーシャンズのターゲットとなるのは、カルティエのネックレス「トゥーサン」。|ファッション(流行・モード)|VOGUE JAPAN
『オーシャンズ8』ではこのカルティエのネックレスがターゲットだ。カルティエが制作を依頼されて、過去のスケッチや写真からインスピレーションを得てつくったのだという。実物はないそうだ。この映画はそのネックレスの運命を踏襲している。デビーたちはネックレスを盗む計画のためにそのネックレス自体を一度バラバラにして、計画のメンバーそれぞれのためにアクセサリーを作り直す。彼女たちはもともとのネックレスとは判別がつかないアクセサリーを付けて堂々と誰にも怪しまれずに会場を出ることになる。彼女たちはそれで成功したと喜ぶのだが、果たしてバラバラにしたネックレスにどれだけの価値があるのだろうか。それはカルティエのネックレスではなくダイヤの付いた幾つかのアクセサリーになったが、それはもとのネックレスと比べるとどれだけ価値が低下しただろうか。また、ネックレスの一部を他人の犯行に見せかけるために使ったために、オリジナルの復元はほとんど不可能になった。価値の低くなったターゲットは犯行の杜撰さを象徴することになり、それを補填するために実は裏でもう一つ計画があって、そのネックレスよりもっと価値のあるものを盗んでいたことが示されるが、ネックレスのようにストーリーがバラバラな印象が否めない。エンディングで分け前を手に入れたメンバーたちはそれぞれの成功の結果を分類される。そんな急に大金を使って大丈夫かと心配になるほどに。
もしお望みなら、歴史を文学に――意味も重要性もない過去のストーリーや伝説のコレクションに――変えてしまうことも出来るのです。しかし、本当の意味の歴史というものは、歴史そのものにおける方向感覚を見出し、これを信じている人々にだけ書けるものなのです。私たちがどこから来たのかという信仰は、私たちがどこへ行くのかという信仰と離れ難く結ばれております。未来へ向って進歩するという能力に自信を失った社会は、やがて、過去におけるみずからの進歩にも無関心になってしまうでしょう。(p197)
『歴史とは何か』E.H.カー
これまでの疑問は『何が情動の正しい属であって、何がその中の種であるのか』という分類の問題か、あるいは『各情動はどのような表出が特徴なのか』という記述の問題であった。しかしいまや疑問は因果的となった。『この対象はいかなる変化を起こし、あの対象はいかなる変化を起こすのか』、『それはなぜある特殊な変化を起こし他の変化を起こさないのか』。われわれは表面的な問いかけから、より深い次元の問いかけへと進むのである。分類と記述は科学の最も低い段階であって、因果の問題が出された瞬間にそれらは後退し、ただ因果の問題の解答を容易にさせる限りにおいて大切となる。(p212)
『心理学(下)』ウィリアム・ジェームズ
『オーシャンズ11』でダニー・オーシャンはカジノの金を盗もうと計画する。ラスティ(ブラッド・ピット)とともに、仲間を集めて計画を練るのだが、ラスティはカジノ経営者のベネディクト(アンディ・ガルシア)の恋人がダニーの元妻テス(ジュリア・ロバーツ)であることを知って、計画を思い直す。しかも、ダニーはこれからカジノに盗みに行くのにベネディクトに自分はテスの元夫だと素性を知らせてしまっているのだ。ラスティは計画を中止するか、ダニーに計画から抜けるよう問い詰める。彼らの仲間はすでに計画に向けて着々と準備をしている。ダニーがいると面が割れていて計画に失敗する可能性が高くなるし、ダニーはいざというときにカジノの金よりもテスを優先するかもしれない。ラスティは言う。「テスは仲間と山分けできない」と。現金は仲間と分けることができるが、人間は分けることができない。現金の価値は人によってそれほど差がないが、特定の人物の価値はそうではない。『オーシャンズ8』のネックレスはこれらの中間に属する。それは分けることができるが、分ければ価値が下がってしまう。
カジノには歴史がある。『オーシャンズ11』の舞台だ。カジノで財産を築いた人、財産をすべて失った人、休日を楽しむ人、様々な人が存在する中で莫大な額のお金が一日で動く。そのお金の流れとお金そのものを守るために、カジノの運営者は現金の持ち運ぶ時間や方法などセキュリティに関して様々なルールをつくる。それは歴史的に属人的にたまたま決まったようなものも含まれている。過去にそのルールに対抗して現金を持ち去ろうとした人物もいたが、いずれも成功しなかったと示される。オーシャンズのメンバーはそれらのルールの裏をかいて大量の現金を盗もうとする。ダニーは顔が知られていることを利用して、チームの囮になってベネディクトの注意をそらすことで計画を成功へ導く。そして彼はカジノ内に大量の監視カメラがあることを利用して自分とベネディクトとの会話をテスに聞かせる。ダニーが「もし金が返ってくるなら、テスを諦めるか」とベネディクトに問うと彼は「金のほうが大事だ」という。ダニーは仮釈放中に騒ぎを起こしたことで刑務所に戻ることになった。ダニーがパトカーに入れられようとしているとき、テスが「待って」と急いで駆け寄ってきて、「ちょっと待って、私の夫なの」といって警官を呼び止める。
三ヶ月から半年後にダニーは出所した。ラスティがボロボロの車で迎えに来て、まるでカジノで大金を盗んでいないかのようだった。「ボロい車でお出迎えか」。その車にテスが乗っていた。ダニーが盗んだのはテスだけだったみたいに。
9/10/2020
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