預言者のつくり方 インフェルノ
記憶喪失状態でフィレンツェの病院で目覚めたロバート・ラングドン教授(トム・ハンクス)は何者かに命を狙われるも、医師のシエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)の手引きで事なきを得る。やがて二人は、人口増加を危惧する生化学者バートランド・ゾブリスト(ベン・フォスター)が人類の半数を滅ぼすウイルス拡散をたくらんでいることを知る。彼らは邪悪な陰謀を阻止すべく、ゾブリストがダンテの叙事詩「神曲」の「地獄篇」に隠した謎の解明に挑むが……。
映画『インフェルノ』 - シネマトゥデイ
物語の中盤で明らかになるが、主人公たちが解くべき謎はすでにほとんど解かれている。しかし謎解きの途中で見知らぬ集団に襲われ短期記憶喪失に陥り、謎解きをはじめからやり直すという物語になっている。主人公のラングドンは襲われた記憶もないまま病院のベッドに寝ており、地獄のようなというか地獄の夢を観るのだが、そのベッドの上から映画は始まる。
私どもの知るかぎりでは、古代の諸民族は夢に大きい意義をあたえており、これを実生活に応用できると考えていました。夢から未来のお告げをとりだし、夢のなかに前ぶれを求めたのです。当時のギリシア人や東洋人にとっては、夢占い師をともなわない出征は考えられませんでした。今日、航空機による偵察なしに戦争ができないようなものです。(p107)
『精神分析学入門』フロイト
(2種類のシミュレーション ハドソン川の奇跡|kitlog)同じトム・ハンクスの『ハドソン川の奇跡』では、夢は主人公の不安と確信の混合物のようなものとしてあらわれた。バードストライクで飛行機のエンジンを二つとも失い、サリー(トム・ハンクス)は咄嗟の決断でハドソン川に着陸ならぬ着水する。彼の長年培われた経験やスキルによってそれに成功するのだが、もっと安全に危機を乗り切る方法があったのではないかとの調査が入り、彼はその時の決断を思い悩む。それ以来彼はその時のありえたかもしれない現実としての夢を見る。つまり、ニューヨークの上空で失速しビルに飛行機が突っ込むというものだ。それは彼の不安からきたものだが、同時にその夢の明解さは、もし自分の判断どおりに対処していなかったらそのような事故にあっただろうという彼の確信そのものだった。というのがこれを見たときに書いた批評の趣旨で、そこでは夢は言わば現実と並行した過去のシミュレーションとして描かれている。
監督は別だが『インフェルノ』での夢の役割は予知夢である。そこで描かれる夢は『ハドソン川の奇跡』の夢ほど明解ではない。映画の冒頭に突然現れて何が映し出されるのか戸惑うほどだ。ラングドンは記憶が無いまま(観客と同じように)地獄の夢をただ怯えてみるしかないのだが、そこに現れるヴィジョンは彼が一日前に解いた謎の記憶であることが明らかになる。その謎は同時に記憶が失った彼がこれから解くべき謎でもあるので、彼は過去を見ると同時に未来も見ていることになる。本当は謎解きは一日前に終わっていて同じことを繰り返しているだけなのだが、それが記憶喪失によって思考が曖昧になり、二回目の謎解きが自分の外部の謎と内部の謎をつなげて解くという作業にかわり、予言めいたものに変貌させられている。そのことによって、それはただの謎解きではなくなってラングドンは意図せずエリザベス・シンスキー(シセ・バベット・クヌッセン)の未来を予知してしまっている。彼女が黒いベールに覆われたまま赤い水の爆発的な洪水に飲み込まれるのは、ラストの血の池でのウィルスの奪い合い、爆弾の爆発そのものだろう。それはまだ起こっていないことでラングドンが知らないことだ。
9/10/2020
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