二つのROOM ルーム
施錠された狭い部屋に暮らす5歳の男の子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)と、母親ジョイ(ブリー・ラーソン)。彼女はオールド・ニック(ショーン・ブリジャース)によって7年間も監禁されており、そこで生まれ育った息子にとっては、小さな部屋こそが世界の全てだった。ある日ジョイは、オールド・ニックとの言い争いをきっかけに、この密室しか知らないジャックに外の世界を教えるため、そして自身の奪われた人生を取り戻すため、部屋からの脱出を決心する。
映画『ルーム』 - シネマトゥデイ
(Room | Official Trailer HD | A24 - YouTube) |
この映画は明確に前後半に分かれている。前半はジョイとジャックの異常だが少し楽しげで不健康な監禁部屋での生活とそこからの脱出、後半は脱出してから日常に彼女らがどう適応していくかが描かれている。前半に閉じ込められるROOMはだれにでも分かるようにあの監禁部屋でそこからの脱出が行われる。後半にはもう一つ特にジョイを閉じこめるROOMが描かれる。それは彼女が誘拐された17歳の時から時間が止まっている彼女の部屋だ。後半はそこからの脱出が子供の目線を通して示唆される。
誘拐され7年間監禁されていたジョイは誘拐した犯人のオールドニックが彼女らの息子ジャックと初めて対面したこと、オールドニックが失業したことを知りこの生活が長くは続かないかもしれないことを察してROOMからの脱出を試みる。ジャックとオールドニックが初めて対面した時、ジョイは「ジャックに触らないで」とオールドニックを止めようとするが逆に首を絞められて殺されそうになる。それを見てジャックはオールドニックを殺そうというのだが、その時に彼女はひどい場所にいることを再確認したのかもしれない。ジョイとジャックが監禁されている部屋はとても狭く鍵は厳重にロックされていて、テレビはあるがドラマやアニメしか流れていないようでジャックはテレビに映っているものが存在しているものもあれば存在していないものもあることに気づいていない。ここではジョイが虫歯の痛みを訴えた時にジャックに言わせた”If you don't mind, it doesn't matter ”がルールだ。虫歯も気にしなければ大したことはない。他のことだってそうだ。テレビの中のことも存在するかしないか気にしなければ全部が絵に見えるだろう、絵と認識していても何の不都合はないだろう。その部屋からでなければ宇宙が天球でできていたり、地球が平板だったりということを信じていてもいいわけだ。
(厳密に聖書を重んずる2,3世紀の教父や司教たちは地球球形説に異を唱えて)『創世記』第一章第七節に示されているいろいろな古い伝説のなごりをとりあげて、大地は創造の当初から硬い円蓋すなわち「天空」で蔽われていたという聖書の言明を固持した。そしてこれに、天空は「カーテンのごとく」あるいは「人の住む天幕のごとく」伸べ拡げられていると言明する『イザヤ書』と『詩篇』の文句をつけ加えた。こうして地球は一戸の家のようなものとなる。大地はその平らな床であり、天空はその天井である。そして神はその天井の下に、昼を治めるためには太陽を、夜を治めるためには月と星とをおきたもう。この天井はまたその上段の部屋の床にあたり、その部屋の中には水槽があって、ある権威ある人の述べることによれば、それは「浴槽のような」形をし、その中には天空の上方にある海水が入っている。この海水は神と天使とによって「天の窓」から下へ降らされるのである。
『科学と宗教との闘争 (1968年) (岩波新書)』ホワイト P9
ジョイとジャックの死んだふり作戦は成功しジャックは脱出後警察に保護され機転のきく警官のおかげでジョイの居場所もすぐに見つかった。彼女たちは家に帰れることになった。時折ジャックの目線で画面がスローになり、初めて見る風景の情報量の多さが表されている。家に帰ると2番目のROOMが待っていた。ジョイが誘拐されたあとそのままになっていた彼女の部屋だ。ジョイは昔のアルバムを引っ張りだしてジャックと眺め、自分はリレーのアンカーで足が速かったことを伝える。そしてリレーのチーム4人が写っている写真を見て他のメンバーの名前を昨日会ったかのようにスラスラ言ったあとに「なぜ彼女たちじゃなくて私なのだろう。彼女たちは普通に暮らしているのに。」と悩む。それは彼女が7年間ずっと心に隠していたことだ。”If you don't mind, it doesn't matter ”は脱出後の世界では使えなくなる。その上当面の生活費稼ぎでうけたマスコミとのインタビューでは「どうして逃げなかったの」「子供だけでも逃がそうと思わなかったの?そうすれば普通の生活をさせてあげられたのに」「なぜベストの選択をしなかったの(外部の情報が完全に遮断されているのにベストな方法が分かるものだろうか)」と質問攻めにあってしまう(質問者は軽い調子で聞いているのかもしれないが)。彼女は現実に押しつぶされそうになり自殺をするも未遂に終わる。
それとは対照的にジャックは一つ目ROOMのように母親と一緒に眠っていた二つ目のROOMを抜け出す。ジョイの母親(ジョアン・アレン)の再婚相手レオ(トム・マッカムス)の存在が大きい。レオは言ってみれば遅くから家族に合流した他人のような存在なので、ジョイやジャックに対してあまり偏見がない。ジョイの父親(ウィリアム・H・メイシー)は犯罪者の息子であるとしてジャックを見ることさえできないがレオは友だちのように接してくれる。レオが犬を飼っていたこと、ジャックが外の空気に慣れて免疫がつく間は他のところに預けていることをジャックは知る。ジャックはROOMでも犬を飼っていて名前はラッキーだったとレオに告げる。もちろんそれは想像上のものだ。ネズミさえ飼えないのに、犬がいるはずがない。後日レオが犬を連れ帰ってきた時(一瞬トラックから降りた時に会った散歩者かと思ったが)初めて犬に触れた。想像で思っていたものがこういうものだということを知る。つまり現実を知ったということになるが、それはジョイの現実を知った感覚とは全く正反対のものだった。彼は呼べば答えてくれる犬を知ることに現実を知ることに喜びを感じ友だちもできジョイが知らない間にもどんどん成長していく。
それでもジャックは監禁されていたROOMが気になるという。ジャックとジョイは警察の保護下でもう一度ROOMに向かう。ジャックはROOMに入るやいなや「ここがあのROOM?狭いね」という。ジョイはジャックがROOMを懐かしがって行きたいと言ったと思っていたのかもしれない。けど、違っていた。ジャックははじめからジョイを助けるつもりだったのかもしれない。ジャックはジョイがまだ17歳の部屋にとらわれていることを知っていた。ジャックは自分がROOMにさよならを言い成長したことを見せることで、ジョイにも17歳の部屋にさよならを言って欲しかったのだと思う。17歳の部屋も同じように狭いでしょって。
9/10/2020
更新
コメント