空想を通り抜ける 名探偵ピカチュウ
かつてポケモンのことが大好きな少年だったティム(ジャスティス・スミス)は、ポケモンに関わる事件の捜査へ向かったきり、家に戻らなかった父親・ハリーとポケモンを、遠ざけるようになってしまった。それから年月が経ち、大人になったティムのもとにある日、ハリーと同僚だったというヨシダ警部補(渡辺謙)から電話がかかってくる。「お父さんが事故で亡くなった―」。複雑な思いを胸に残したまま、ティムは人間とポケモンが共存する街・ライムシティへと向かう。荷物を整理するため、ハリーの部屋へと向かったティムが出会ったのは、自分にしか聞こえない人間の言葉を話す、名探偵ピカチュウ(ライアン・レイノルズ)だった。かつてハリーの相棒だったという名探偵ピカチュウは、事故の衝撃で記憶を失っていたが、一つだけ確信をもっていることがあった……。「ハリーはまだ生きている」。ハリーは何故、姿を消したのか? ライムシティで起こる事件の謎とは? ふたりの新コンビが今、大事件に立ち向かう!
INTRODUCTION|映画「名探偵ピカチュウ」公式サイト
(POKÉMON Detective Pikachu - Official Trailer #1 - YouTube) |
親子の和解の物語のために
この映画はかなり歪な物語を採用している。それはこの映画の敵であるハワード・クリフォード(ビル・ナイ)を見ていれば分かる。彼は、ポケモンとの共生を目指してライムシティという都市をつくった。彼は人間とポケモンの共生を進化だと述べている。しかし、彼の野望はそれだけにとどまらず、彼は老いており、障害を負って車椅子で生活していることを乗り越えるのに人間とポケモンの融合を目論んでいる。そのためにミュウツーを捕獲して実験台にし、人間の精神をポケモンに移す実験も行っていた。彼は、実際そのことに映画の中で成功するのだが、それを何のためにやっているのかそれが実現されてみるとよくわからないのだ。人々とポケモンがいる街に「R」というポケモンを凶暴にするガスがまかれ、それを媒介にしてミュウツーの能力で街中の人間とポケモンを融合させる。ただし、ハワード自身を除いて。彼はミュウツーの中に入っているが、他の人間と違って彼の身体は無防備に転がっている。そして街中の人間はポケモンになってしまった、それ自体は恐ろしいかもしれない。しかし、それが一体何になるというのだろう。ライムシティという発展した都市をつくりあげたにもかかわらず、それを無意味にしてまでしなければいけない計画だったのかよくわからないのだ。病気を治したいなら、彼だけがポケモンと融合すればよかったのではないか。それとも、それは最初から街を飲み込んでいる病気なのか。
この映画の敵がすべて全体テーマ「父と子の和解」のために配置されていることがわかれば、そのような奇妙さも理解可能になる。登場人物はライムシティに入り込んだときから『インサイド・ヘッド』の世界(ヨロコビとカナシミのモーニングワーク インサイド・ヘッド | kitlog)に足を踏み入れている。そこでは内的なものが外的になり、外的なものが内的になっている。
バリヤードの門
道理の前でひとりの門番が立っている。
その門番の方へ、へき地からひとりの男がやってきて、道理の中へ入りたいと言う。
しかし門番は言う。
今は入っていいと言えない、と。
よく考えたのち、その男は尋ねる。
つまり、あとになれば入ってもかまわないのか、と。
「かもしれん。」
門番が言う。
「だが今はだめだ。」
道理への門はいつも開け放たれていて、そのわきに門番が直立している。
フランツ・カフカ Franz Kafka 大久保ゆう訳 道理の前で VOR DEM GESETZ
(POKÉMON Detective Pikachu - Official Trailer #1 - YouTube) |
ティムとピカチュウは行方不明になった父ハリーの手がかりを得るために港の倉庫へ向かう。そこにはバリヤードがいて、一人でパントマイムをしている。
ゆびさきから だす はどうがくうきを かためて カベを つくる。 はげしい こうげきも はねかえす。(『ポケモン X』より
ひとを しんじこませるのが うまい。 パントマイムで つくったカベがほんとうに あらわれるという。 (『ポケモン Y』より)
バリヤード|ポケモンずかん|ポケモンだいすきクラブ
ティムとピカチュウは父の手がかりを聞き出そうとするが、バリヤードはパントマイムをして見えない壁をつくり、そこから出てこようとしない。ピカチュウは強引にその壁を突破しようとして壁に激突し、地面に崩れ落ちる。ティムはバリヤードのパントマイムに対抗して、自分もパントマイムを行い、壁にドアがある設定を創りだしてノブを回し、バリヤードが勝手に作った部屋に入っていく。ティムはバリヤードに対して悪い警官を演じ、バリヤードを脅して、父に関する情報をゲットする。
ティムはバリヤードのバリアを通るために演技をすることになったが、それは同時に『名探偵ピカチュウ』の世界に入り込むことでもあった。彼は子供の頃はポケモントレーナーになりたいと思っていたが、母の死と父とのすれ違いで、そのことを断念していた。彼のバリヤードとのやりとりは、ピカチュウと協力してポケモントレーナーをはじめることの合図である。ポケモンのゲームの中ではポケモントレーナーはポケモンの経験値を上げることをめざしているが、ここではそれと同様にピカチュウの記憶を取り戻すことを目指している。ピカチュウの記憶を取り戻すことが、ピカチュウが自身の眠っている能力を思い出すことにつながり、ポケモンのレベルアップと同等の意味を持っている。ティムはバリヤードとのシーンではじめてポケモントレーナーとしてピカチュウと共同作業に成功し経験値を得た。
この映画ではティムが父とのすれ違いで断念したポケモントレーナーという夢を疑似体験することで、父と子の和解がなされることが目標としてとても強調されている。
主体は、自分(自分の欲望)が最初からゲームの一部だったこと、この入り口は彼のためだけの入り口だったこと、話の目的はたんに彼の欲望を捉えることだけだったこと、を体験する。(p127)
主体は、ゲームの開始時から門は彼だけのためのものだったことに、また、ユダヤ人の話の最後にある真の秘密は彼自身の欲望であることに、気づかねばならない。要するに、「他者」にたいする自分の外的な位置(自分自身が「他者」の秘密から排除されているように体験されるという事実)が、「他者」自身にとっては内的であることに、気づかねばならない。(p128)
『イデオロギーの崇高な対象』S.ジジェク
誤解したままなのか、分かり合うのか
(POKÉMON Detective Pikachu - Official Trailer 2 - YouTube) |
物語の最後に明らかになるが、ピカチュウが記憶喪失なのはミュウツーの能力でピカチュウの身体にティムの父ハリーの精神が入っているためだった。同時にそれがピカチュウの言葉がただ一人ティムに通じる理由だ。探偵のハリーがハワードの計画を知って、それを公開しようとしたところで妨害にあい交通事故で負傷してしまった。ミュウツーはハリーに希望を託して、彼が見つからないように彼をピカチュウの中に隠したのだ。つまり、映画の中ではティムとピカチュウがずっと一緒にいて、彼がポケモントレーナーになることも父と和解することも先取りされていた。あとは、それが明らかになるのかどうかだ。それを明らかにさせない方法は、ハリーがピカチュウの中にいることを永遠にすることである。ハワードの目的はそれである。ミュウツーを支配して、人間をポケモンのままにしておくことでその秘密を明らかにしないことが目的なのだ。そうしておけば、ティムとハリーは誤解したままである。ティムは父親から見捨てられたと思って反発していたが、ハリーはティムをライムシティに呼んで一緒に暮らしティムのポケモントレーナーになるという夢を叶えたいと思っていた。けれど仕事が忙しかったためにうまく事を運ぶことができなかった。ティムはそのことに途中で気づくのだが、ハリーがピカチュウのままでは誤解の解きようがない。誤解は二人で解かなければならない。ハワードは何か世界を征服しようというような野望を持っているように見えるかもしれないが、単にティムとハリーの和解を邪魔しているだけなのだ。そこにこの物語の歪さの秘密がある。人間をポケモンに閉じ込めておけば真実は表に出てこないのだ。
ハワードはライムシティの大手メディアの会長をし息子を社長にした二人体制をとっているが、ハワードがメタモンを使って息子の姿をした偽者を使えば、実質そのメディアはハワードの独裁で支配されているのと同じである。ハワードはティムとピカチュウにハリーの手がかりを教えるふりをして、偽の事故現場の映像を流し、ミュウツーを敵に見せかけようとした。ミュウツーもハリーと同じようにハワードの計画を潰したいと思っているので、ミュウツーとティム、ピカチュウが協力するのを嘘で防ごうとしたのだ。後にティムとピカチュウは真の事故現場の映像を見ることになるが、ハワードのミュウツーは敵だという嘘のせいでピカチュウは「なぜ自分は敵であるミュウツーの味方をしているのか、もしかしたら自分は裏切り者ではないのか」と悩むことになってしまう。ここでもハワードは人を誤解させてそれを温存しようとしていた。
ピカチュウは実際のハリーの事故現場に行き、事故を起こしたのがミュウツーではないことを知り、自分が誤解させられていたことを理解する。ピカチュウはハワードのもとに向かったティムを急いで追いかける。ハワードは息子をも駒のように利用してミュウツーを手に入れ、人間の脳とポケモンの脳をリンクする冠によって、ミュウツーの身体を乗っ取ってしまった。彼は「R」をばら撒いて、モンスターボールにポケモンを閉じ込めるように、人間をポケモンに閉じ込める。人々を空想の世界で誤解したままにしようというのだ。ピカチュウがティムに追いつき、この映画の中で思い出した必殺技「ボルテッカー」でミュウツーに攻撃するも効果が小さい。けれど、それはピカチュウの記憶が戻っていることのサインで、そのことだけでティムとピカチュウには十分だった。記憶が戻ったところで、残る問題は誤解の種のハワードである。ティムが無防備なハワードの頭についた冠を取ると、ミュウツーへの支配は解かれすべては元通りに戻った。その冠は、誤解や偏見の象徴で、ティムとハリーが和解するにはその頭の枷を取り外すだけでよかったのだ。ティムとハリーは何事もなかったかのように出会い直し、ピカチュウと一緒に都市での暮らしを始める。
(POKÉMON Detective Pikachu - Official Trailer 2 - YouTube) |
11/17/2020
更新
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