何が人を醜くさせるのか キャロル

52年、冬。ジャーナリストを夢見てマンハッタンにやって来たテレーズは、クリスマスシーズンのデパートで玩具販売員のアルバイトをしていた。彼女にはリチャードという恋人がいたが、なかなか結婚に踏み切れずにいる。ある日テレーズは、デパートに娘へのプレゼントを探しに来たエレガントでミステリアスな女性キャロルにひと目で心を奪われてしまう。それ以来、2人は会うようになり、テレーズはキャロルが夫と離婚訴訟中であることを知る。生まれて初めて本当の恋をしていると実感するテレーズは、キャロルから車での小旅行に誘われ、ともに旅立つが……。
キャロル : 作品情報 - 映画.com

キャロル
(CAROL - Official International Trailer - On Blu-ray & DVD March 21st - YouTube

テレーズ(ルーニー・マーラ)はジャーナリスト、報道写真家といったような職に就きたいと思っていて、写真に興味が有るのだが撮るのは決まって風景や動物や無生物ばかりで人の写真は撮ったことがないのだという。テレーズは友人のダニー(ジョン・マガロ)に連れられて彼の仕事場のニューヨークタイムズ社でそういった会話を交わす。ダニーがテレーズが写真に興味が有ることを知ってそこに連れてきたのだ。彼女は人の写真を撮ることにプライバシーの侵害といったようなきまりの悪さを感じるのだという。ダニーは既に記者として働いていて、彼女の意見に対して木や鳥よりも人物に興味があり人物について何か書く理由について述べる。彼には好きになる人やそうでない人、惹かれる人や惹かれない人がいて、それが幾つかのピンボールがぶつかったりぶつからなかったりする物理学のような世界に見えるのだという。それが彼にとっては面白い、だからそれについて書くのだという。ダニーは仕事の説明をしながらテレーズを口説いている。彼の頭の中の物理学の世界では既にピンボールはぶつかっているのだ。しかしテレーズは人間はピンボールのように単純じゃないといって彼をかわす。

THERESE:So now you’re a scientist?



キャロル(ケイト・ブランシェット)と夫のハージ(カイル・チャンドラー)は離婚寸前で別居中、そして娘の親権を争っていた。ハージは娘がキャロルのことを必要としているのを分かっているのだが、お互いの都合でそれを認めて元通りの夫婦になることができずにいる。クリスマス休暇に別居中の夫に娘を取られて孤独なキャロルはテレーズを連れて旅に出る。キャロルとテレーズの関係については、テレーズが今まで撮ったことのない人物写真をキャロルを被写体に撮りそのフィルムを現像し、そんなそれまで人間に興味がなかったように見える彼女に「不思議な人ね。まるで空から落ちてきたみたい」と評して優しく微笑みかけるキャロルの様子からうかがい知ることができる。彼女たちはキャロルの運転で旅を続け、その中で今までよりもっと親密になり二人は裸で抱き合うようになるが、その様子を夫のハージが雇った探偵に盗聴されてしまう。カメラも録音も記録することに変わりはないが、テレーズがキャロルの写真を撮ることと探偵が二人を盗聴することは正反対の性質のものである(これは映画を観ることとも関係している)。だからキャロルは探偵に向かってしのばせていた銃を向けるが、なぜか銃弾は空だった。テレーズとキャロルは一度距離を置くことになる。

その証拠のテープとともに夫のハージはキャロルから娘の親権を取り上げることを主張する。ハージの弁護士はキャロルの同性愛的傾向について「心理療法士によれば…」とか「精神科医によれば…」といって彼女を異常としてその性質を並べ立てようとする。キャロルは話を遮るような形で自分たち家族の問題について告白する。あるいは娘の幸福やそれに対する責任について。そういった家族の問題は「心理療法士によれば…」とか「精神科医によれば…」といったことに還元できる問題ではないといったように。そして彼女は夫に親権を渡し、同時に娘と会う権利を認めて欲しいという。もしもそれが認められなければ裁判をしなければならない。「ハージ、私たちはそんなに醜くないはずよ。」といってキャロルは部屋を出て行く。醜いとは何なのか。裁判になれば裁判所であの証拠のテープを再生しないといけないかもしれない。人間を観察の対象として、その行為を精神科医や心理療法の名のもとに観察した内容を決められた用語に還元し、人間が人間以外の何かに還元されるための手続きが行われるだろう。そういったもの全般が彼女にとっては醜いことなのではないか。それはテレーズにとっても同じであろう。人間を物理学のピンボールとみなすことはできないのだ。人には二人でしか共有できないような何かに還元されない特別な何かを持ちうるという感覚があり、それを信じている。映画のラストでは冒頭のシーンに戻り、そんな何かを手がかりにテレーズはキャロルを探しに一度は誘われて断ったパーティー会場へ行く。テレーズは会場のテーブルの近くで談笑しているキャロルを見つける。二人がデパートのおもちゃ売り場ではじめて出会った時のテレーズの点のような目も印象的だったが、最後に出会った二人のとても静かに微笑もうとする唇の様子もとても印象深く見えた。

彼女たちの恋愛について同性愛と名指すことは、あるいはこれが同性愛の映画だと名指すことは適当だろうか。

THERESE:So now you’re a scientist?

たとえときに近代物理学が自身を損ねることのない宇宙的宗教感情をもって微粒子の衝突を研究するのだとしても、存在は近代物理学が研究するそうした衝突に還元されることはない。これらの存在者が無限に微細なものの不変性と連続性によって明らかに支配されているからである。そこから、世界が、そして名目論そのものが、存在の別の次元を輝き出させ、見分けさせることだろう。この次元は、何よりもまず、私たちの感覚を惑わす直接的な世界と対照をなすかぎりで、高次の、と形容することのできるような次元なのである。

宗教哲学 (文庫クセジュ)』ジャン・グロンダン p150
9/10/2020
更新

コメント