報酬のないセカイ シン・エヴァンゲリオン劇場版
“使徒”と呼ばれる謎の生命体の殲滅を図る特務機関NERV(ネルフ)による指揮の下、人類の生き残りを懸けた熾烈な戦いに挑んできた碇シンジ。汎用ヒト型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオンに乗り込んだシンジ、綾波レイ、式波・アスカ・ラングレー、真希波・マリ・イラストリアスらに、これまで以上に激しい展開が待ち受ける。
公式サイト(シン・エヴァンゲリオン劇場版)
(TV SPOT B 15秒『シン・エヴァンゲリオン劇場版』絶賛公開中 - YouTube) |
さらば、全てのエヴァンゲリオン
オタクの特徴は、自分の興味あること以外はとにかく無関心、ということですから(笑)そういう人たちがいる、という程度の認識しかなかったですね。政治のイデオロギーじゃなくて政治家の椅子取り合戦とか人間的な面白さが好きなんです。(中略)いや、昔のウルトラマンって作っている人にはウルトラマンじゃないんですよ。何かのメタファーであって、ウルトラマンであることで周りの何かをごまかしているんですよ。自分の持っている思いをウルトラマンという形に変えていて、要するにイデオロギー的なものがちゃんとあったわけですよ。何かの社会的メタファーなんです。平成のウルトラマンと呼ばれているティガ、あれはウルトラマン自身のメタファーなんです。裏にウルトラマンしかない、その先がない。ウルトラマンを応援している人たちがウルトラマンを作っているに過ぎないというね。それは自分たちの世代の宿命みたいなものなのでしょうがないと思いますけどね。
庵野秀明(2000) - 早稲田大学 人物研究会 公式サイト
製作者がイデオロギーに関心がないといったからといって、作られたものがイデオロギーなしで存在することはあり得ないだろう。誰かがそう言ったことが、そのまま現実にそうであるとは限らない。ちょうど今回の巨大綾波レイの頭と身体が切り離されていたように、頭で考えたことと実際の行動や起こったことが不可分に一致しているとは限らない。思ってもいないことが増殖し、人々に広まっていくということもありうる。それが既存の見えやすい政治的イデオロギーであれば誰にでもすぐに見つかるのかもしれないが、そうでなかった場合、認識に工夫が必要なるのかもしれない。イデオロギーとは何かについては以下の本の記述がわかりやすい。
すべての政治的概念から数多くの構想が導かれるため、特定の状況下において最も適切な構想が何であるのかをめぐる論争が絶えない。イデオロギーが果たす重要な役割の一つは、イデオロギーに含まれているそれぞれの概念のなかで、どの構想を支持すべきかを決定することである。言い換えると、イデオロギーは数多ある意味のなかの一つ(それがいかに疑わしく、また幻想にすぎない可能性があるとしても)に確実性を付与することによって、それらの概念の本質的な論争可能性に終止符を打つ、つまり脱論争化するのである。(p35)
『リベラリズムとは何か』マイケル・フリーデン
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報酬のない組織
エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジは基本的に雇われている人間である。彼は特務機関ネルフにいわれてエヴァンゲリオンに乗っている。彼はネルフの司令で父親の碇ゲンドウに基地に来るようにいわれ、目の前にある大型ロボットのような何かに乗れといわれる。いきなりの命令に彼は最初それを拒否するが、他のエヴァパイロットの一人である綾波レイが傷だらけなのを見て、彼女の代わりに出撃することを決意し、なんとか敵を撃退する。ここまでなら、ある少年がロボットに乗って一回限りの奇跡を起こしたですむだろうが、彼はその後何度もネルフにエヴァに乗るように命令される。理由はエヴァンゲリオンに適合している人間が他に数多くいないからであるという。使徒と呼ばれる未知の敵がその後も何度も地球というかネルフを攻めてきて、碇シンジはそのたびにエヴァに乗る。だが、彼は自分一人でエヴァに乗る理由を見出せない。エヴァに乗る理由・目的があれば、碇シンジは社会的メタファーを持っていたウルトラマンのようになれたのだろう。しかし、エヴァに乗る理由が見いだせないなら、その存在は何かのメタファーになりえないのだろうか。
碇シンジはどのような存在か。彼は労働者のような存在だ。それなのに、彼には報酬はない。世界を救っている(?)にも関わらず彼はものすごく立場の弱い労働者だ。彼はある時なぜエヴァに乗るのか問われて「父さんが褒めてくれるんだ」という。それは報酬ではない。『シン・エヴァンゲリオン』では第三村という田舎にエヴァパイロットのシンジ、レイ、アスカが滞在することになる。シンジはそこで釣りをし、レイはそこで農業をし、アスカはゲームをしている。自然の恵みは報酬ではないし、ゲーム内の得点も報酬ではない。結局のところエヴァンゲリオンの世界では使徒と戦ってきた彼らに何も報いなかったのではないだろうか。
(アニメ「ワールドトリガー」2ndシーズン オープニング ノンテロップ映像(曲:TOMORROW X TOGETHER「Force」) - YouTube) |
三門市。ある日この町に異世界への門が開いた。「近界民(ネイバー)」後にそう呼ばれる異次元からの侵略者が門付近の地域を蹂躙、街は恐怖に包まれた。近界民に地球上の兵器は効果が薄く、都市の壊滅は時間の問題と思われた。しかし、その時突如現れた謎の一団が近界民を撃退した。「こちら側」の世界を守るため戦う組織、界境防衛機関「ボーダー」だ。彼らはわずかな期間で巨大な基地を作り上げ、近界民に対する防衛体制を整えた。それから4年。高校生の三雲修もまた、ボーダーに所属していた。ある日、修のクラスに転校生がやってきた。空閑遊真と名乗る少年は、何故かボーダーの人間にのみ携帯を許される「トリガー」と呼ばれる武器を持っていた。遊真は言う。「俺は門の向こうの世界から来た。お前らが言うとこの「近界民」ってやつだ」と。遊真と修、二人の物語が動き始める!
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『ワールド・トリガー』は今年2021年の3月までセカンドシーズンを放送していたが、このアニメの設定は『エヴァンゲリオン』とよく似ている。どこからか得体のしれない敵がやってきて、それを特殊な訓練を受けた少年少女が迎え撃つ。主人公の三雲修は組織の一員である。『ドラゴンボール』の孫悟空のように自分だけで強いのと違って、主人公が巨大ロボットなどに乗るような設定では、それの維持や技術を使うための組織が必要になる。そのためそれに乗る主人公も大体組織の一員である。『エヴァンゲリオン』もそのタイプだろう。『ワールドトリガー』ではロボットには乗らないが、「トリオン体」というゲームのアバターのようなものを現実で実体化する技術を使って戦う必要がある。三雲修もボーダーという組織に入隊しトリオン体で戦闘を行う訓練を受けながら任務をこなしている。
放映されたアニメで見た限りでは『エヴァンゲリオン』の主人公と違って、『ワールドトリガー』の主人公の三雲修は「弱い」。彼は戦闘能力に優れていない隊員として描かれている。ボーダーでは3~4人のチームを作って戦うのだが、チームの中で彼はどちらかというとサポート役、作戦を立てたり相手や地形を分析をしたりする役である。セカンドシーズンでは違う武器を手に入れて、サポートの仕方を強化している。ただ、三雲修のサポートは戦闘中だけの話ではない。彼には碇シンジにはない目的がある。彼の幼馴染の雨取千佳はネイバーの世界に行ってしまった兄・麟児を探したいと思っている。麟児は三雲修の家庭教師でもあった。三雲修は雨取千佳の願いをかなえたいと思っている。三雲修と雨取千佳はその目的のためチームを組んでボーダー内のランク戦を戦っている。それで成績が良ければ、ボーダーのネイバー世界への遠征に参加することができる。
彼らは組織に従ってはいるが、組織とは違った目的を持っている。そのため組織が求めることや規則とは異なるものを求めることがある。そこで三雲修は交渉を行う。要はギブアンドテイクだ。彼のチームには、ネイバーから来た空閑遊真と雨取千佳がいるが、彼らはそれぞれ特殊な能力を持っている。空閑遊真の場合は相手の嘘を見抜く能力を持っている。「あんた、つまんない嘘つくね」が口癖(最初の頃)だ。雨取千佳はトリオン体のエネルギーであるトリオンの量が桁外れに多い。三雲修はそれらの能力を組織のために提供する代わりに、自分たちの目的、ネイバー世界への遠征艇に乗ることができるように交渉を行うことができる。交渉相手はネルフの碇ゲンドウのような強面で口数の少ない城戸政宗という最高司令官である。ただ、相手は一人だけではなく、交渉の会議には広報役や開発担当など話の流れを作りやすい環境がある。ネイバー世界への遠征艇を飛ばすにもトリオンのエネルギーが必要になる。それが多ければ多いほど、たくさんの人員や物資を載せる船で行くことができる。組織としてはその方がいい。そのため組織には雨取千佳の持つトリオン量が必要で彼女だけでも遠征に連れていきたい。三雲修のチームは遠征のスケジュール上、遠征メンバーに選ばれない。彼は雨取千佳の同意を得て、遠征に彼女を連れて行くのを許す代わりに、雨取千佳が参加して増加が見込まれる人員の中に加われるよう、遠征スケジュール内でも達成できる遠征への参加条件を得る。分かりにくいかもしれないが、要はこの世界にはギブアンドテイクの概念があるのだ。そこでは個人と組織は分化している。
ギブアンドテイクがあるということは報酬があるということだ。自分の能力の引き換えに何かを得ることができる。『ワールドトリガー』を見ていて、驚いたのは戦闘に対してかなり具体的な報酬が存在していることだ。大規模侵攻という地球がネイバーから攻め込まれる戦争が起き、それに対してボーダーが対抗するのだが、戦争終結後その貢献に応じて、勲章や30~150万円のボーナスが支給される。これは彼らが組織で雇われているのだから当然といえば当然だろう。ここでは組織は貢献をした人物に報いることできる。
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報酬の問題は何も金銭だけの問題ではない。RPGなどのテレビゲームはたいてい戦闘で「経験値」と「お金」が手に入る。報酬にはこの経験値、広い意味で情報が含まれる。狭い意味での戦闘での経験なら、こうすれば戦いやすいとか、こういう技やアイテムを使った方がいいとか、こうするとピンチになってしまうといったような情報が手に入る。普通はそれだけでなく、主人公にとって必要な、もう少し広い情報が手に入る。何のために戦うのか、戦いによってお金や戦闘経験以外のもの、自分の目的達成に繋がるための情報が戦う理由として存在している。『鬼滅の刃』では主人公の竈門炭治郎が鬼になりかけている妹を治したいというのが目的だった。彼はその目的のために鬼殺隊という組織に入隊するが、鬼を切る理由は最初は少しあやふやだった。しかし、鬼との戦いの中で、ラスボスであり鬼を生み出している鬼舞辻無惨の血があれば妹を治すヒントが得られるかもしれない、強い鬼ほど鬼舞辻無惨の血を多く体内に入れている、強い鬼を倒して血を採ればいい、強い鬼を倒すためには鬼殺隊にいた方がいいと、自分の目的を達成するための情報の密度が上がっていく。それは戦う理由になるし、組織に属する理由にもなる。ただ、それが組織との軋轢も生じさせることは「柱合会議」で描かれている。
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『エヴァンゲリオン』ではどうだろうか。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』や『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』では、碇シンジは特に自分の目的がないとはいえ、彼自身何をすればいいのかということは分かり始めていたと思う。しかしなぜか『エヴァQ』ではそれを完全に崩してしまった。彼の選択は間違っていて、その分かり始めたことはすべて間違いだったということになる。ネルフは二つの組織に分裂し、彼は必然的に新しい組織に属することになるが扱いは前よりもひどい。彼は何も教えてもらえないし、何もさせてもらえない。碇シンジにとって組織と個人が未分化なネルフでは、ギブアンドテイクのギブだけあるいはテイクだけがあったが、新しい組織で個人と組織が分化する可能性があるにもかかわらず、そこではギブやテイクそのものが封じられてしまった。
碇シンジは何を与えられているのか。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で明らかになったが、綾波レイや惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジに好意を持つようにプログラム(サービス)された存在なのだという。彼に金銭的あるいは情報的な報酬の代わりに与えられているのは狭義の人間関係である。交換可能な金銭や情報などの報酬ではなく、交換不可能な人間関係のみが与えられる。『エヴァ』のなかでは、「シナリオ通り」という言葉がよく聞かれるが、それは「報酬」の自由度によって人の行動を操作できるということだろう。金銭が報酬の場合、それをどう使うかはその人次第だが、人間関係が与えられた場合その関係を逃れることは難しい。それは自由度のある報酬を切り下げる方向に働くだろう。ここで悪いといっているのは人間関係そのものではなく、それが報酬を代替していることだ。外部から人間関係に浮き沈みをつくり、「躁」または「鬱」と呼ばれる個人の状態をつくり、個人の動機を創作しようとする。そのために目的のない主人公が選ばれている。人間関係が行き詰れば「人類補完計画」も必然かもしれない。それは交換不可能な人間関係の行き詰まりに代わって、人間一人一人の差異をなくして交換可能な状態を目指し、その行き詰まりを解消しようとする。『シン・エヴァ』ではこの問題は別の問題になってしまった。それは小さな人間関係に大きな設定を与えたことを反省するかのように、その設定の舞台裏を暴露しながら縮小し幕を下ろす。
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