無表情の割合 ターミネーター:ニュー・フェイト

メキシコシティの自動車工場で働く21歳の女性ダニー(ナタリア・レイエス)と弟ミゲルはターミネーター“REV-9”(ガブリエル・ルナ)に襲われるが、同じく未来から送り込まれた強化型兵士グレース(マッケンジー・デイヴィス)によって守られる。ダニーとミゲル、グレースは、かろうじて工場から車で脱出する。彼らを執拗に追うREV-9を、サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)がハイウェイで待っていた。ターミネーターを宿敵として人生を送ってきたサラは、REV-9とも激しい死闘を繰り広げ、「アイルビーバック」と言ってその場を去る。再び合流したサラは、ターミネーター情報の謎のメールが何者かから届くと告白する。その発信源がテキサス州のエルパソだとグレースが突き止め、3人はメキシコからの国境越えを決意する。しかし、REV-9は国境警備隊員になりすまし、彼らを指名手配していた。そして、あの男がエルパソでサラたちを待っていた……。

ターミネーター:ニュー・フェイト | 映画-Movie Walker

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ターミネーター:ニュー・フェイト
(映画『ターミネーター:ニュー・フェイト』本予告【新たな運命編】11月8日(金)公開 - YouTube

『スパイダーバース』と似た構図

(オリジンにお手本は必要か スパイダーマン:スパイダーバース - kitlog - 映画の批評)『スパイダーマン:スパイダーバース』では異なる次元から多くのスパイダーマンが主人公マイルスのいる世界にやってくる。彼らはすでにスパイダーマンとして活躍しているが、マイルスはスパイダーマンになりたてで彼らは先輩後輩といったような関係になり、スパイダーマンならどうすればいいかなどといったことを教えられる。最初はマイルスといたのは一人の中年スパイダーマンだけだったので良かったが、次第に先輩だけが増えてきて「スパイダーマンならこうすればいい」とか「スパイダーマンならこれぐらいできるだろ」みたいな構図が増えてくる。

これと似たようなことが『ターミネーター:ニュー・フェイト(以下NF)』でも起こっているように思われる。この作品では存在感は薄いが守られるべき主人公はメキシコ人女性のダニーである。その周りに主な登場人物として、未来からダニーを守るためにやってきた強化人間のグレース、ダニーを殺すためにやってきたREV-9、ターミネーターのことを知り尽くしているサラ・コナー、未来からやってきて任務を終えた後にそのまま二十二年間をテキサスで過ごしたT-800型のターミネーターであるカール(アーノルド・シュワルツェネッガー)がいる。ダニーの他の人物は今起きていることについてほとんど知っている。だから、彼らがダニーにいうのは「ああすればいい、こうすればいい」というような命令にならざるを得ない。ダニーの側にはほとんど意志をもつ余裕がない。カールが「ダニーを囮にしてREV-9を誘き出して攻撃すれば作戦はうまくいく」といいグレースは「それは危険だ」というがダニーは「私はやる」という。おそらくこの辺りにしか彼女の意志は見えないがそれにしてもカールのアドバイスに従っているだけである。

命令はコミュニケーションが一方向になっていることだが、それはカールとサラの関係において際立っている。カールは『ターミネーター2(以下T2)』の中の時間のあとの一九九八年にやってきて、サラの前でジョン・コナーを射殺する。その後カールはそのままその時間で人間として生活し家庭内暴力を受けていた妻子と一緒に暮らしているのだという。カールはその家族との経験で人間的な感情をおぼえサラに同情し、サラにターミネーターが送られてくる座標を匿名で通知し、サラはそれに従ってターミネーターを殲滅していた。カールはサラに生きがいを与えようとしたというのだが、意味が分からなかった。劇中でサラも怒っていたが、なぜそれがサラのためになるのかあまりに一方的すぎてまるで理解不能だった。

同時に未来からやってきた人物や勝手を知っているという人物ばかりが配置されていることで彼らの無表情が際立つ。彼らは未来からやってきて現在のことは知っている、数々の修羅場を潜り抜けてこれくらいのことは当たり前になっているということが表情に出ているが、その変化の少なさのために物語が展開しても驚きが少なく平板なものに見えてしまう。

学習の喜びの喪失


ターミネーター:ニュー・フェイト
(映画『ターミネーター:ニュー・フェイト』本予告【新たな運命編】11月8日(金)公開 - YouTube

『NF』では「父」と「子」の関係が変化せずに一方向的だが、『T2』は関係に変化のある学習の映画だった。『T2』ではT-800がジョン・コナーを守りにやってくる。T-800はジョンを文字通り身体を張って守り、銃弾で狙われても「ジョン、下がっていろ」といいすべて自分の身体で受け止める。その姿を見て、サラはT-800はジョンの保護者、それも最強の保護者なのだという。しかし、ジョンはT-800の命令を聞き守られるだけではない。ターミネーターは人殺しのために作られた機械だが、ジョンは「人殺しはやってはダメだ」という。T-800をボディガードのおもちゃにしようとしたのだが、発砲しようとしたため慌てて止めたのだ。T-800は「なぜ」と何回も繰り返し、ジョンは「ダメなものはダメなんだ、これは命令だ」とT-800をこの世界に適応できるように学習させる。T-1000から逃れるために車を盗むときも、T-800は強引にエンジンをかけようとするのだが、ジョンはフロントガラスの日よけを下げて鍵はたいていここにあるのだと示す。後にT-800がもう一度車を盗んでエンジンをかけるときには、ジョンがいっていたことを学習して日よけから鍵を探し出す。このように彼らは相互に学習する関係になっているためにT-800の存在のリアリティがうまく強調されている。このことが最後の溶鉱炉のシーンを感動的なものにし『T2』を傑作にしている要因の一つだろう。単に「二十二年間、人間といて家族を経験した」と言葉で説明されても『T2』の描写の前では説得力に乏しい。

『T2』ではサラは精神病院に閉じ込められていて、ジョンは里子として別の親に育てられている。映画の冒頭その里親はジョンに「遊んでばかりいないで勉強しなさい」という。ジョンはそれを無視して友人とバイクで出て行きATMで金を盗む。カードの暗証番号をパソコンでおそらく総当りで検索し、四桁の数字を得る。友人が「どこでこんなやり方を?」というとジョンは「母親が教えてくれた」という。彼らはその後ゲーセンへ行く。母親というのはサラのことだ。この暗証番号の検索は後にサイバーダイン社の金庫を開けるときに役に立つことになる。ATMの鍵を開け金を盗むのは違法だが、それはともかく短期的には喜びに通じていて、最終的にはとても役に立つものとして提示されている。そのようにして『T2』は学習を肯定している。彼らは学習して鍵を開ける。この映画では鍵を開け閉めすることが多く描かれているが、鍵を開けることと未来を開いていくこととが一致している。

『NF』ではそのような学習や相互性の象徴を最初になくしてしまっている。

こうした構造が論じられるたびに問題になることがあった。それは、こうした構造が、たんに静態的で不動のものと想定されがちだからである。フランスの解釈学者で現象学者でもあるポール・リクール(一九一三―二〇〇五)が、レヴィ=ストロースの思想を「超越論的主体なきカント主義」と批判したことはおおきい。つまり、構造主義は主体を抹消したかもしれないが、悟性のカテゴリーにしたがって世界を認識するカント主義の変形版にすぎないのではというのである。それは、そうした構造主義の構造自身が、なぜそうした所与としてあり、またそれ自身は変化しないのかという問いである。(p161)

ドゥルーズ 解けない問いを生きる(増補新版)』檜垣立哉

宝石の出産

ターミネーター:ニュー・フェイト
(映画『ターミネーター:ニュー・フェイト』本予告【新たな運命編】11月8日(金)公開 - YouTube

強化人間グレースを演じたマッケンジー・デイヴィスはインタビューで以下のように答えている。

マッケンジーはまだ若かった頃、サッカーに関する作品のオーディションを受けたそう。その役は、アメフト選手とのラブシーン中に彼の指輪が体内に残ってしまうチアリーダーという設定だった。

そのオーディションの話をもらったマッケンジーは、「誰かのための笑いのネタになりたくないし、誰かのガールフレンドでもいたくないし、誰かのストーリーを傍観する役にもなりたくない」と思ったそう。

そして、「主演である必要はないけれど、私は『女優』になりたいだけじゃない。自分には思い描いている明確なキャリアがあって、子宮の中にジュエリーが迷い込んでしまう女の子を演じてキャリアを築いても幸せにはなれないと思った」と続け、女性の役者に与えられがちな「〇〇の彼女・妻」といった役柄に甘んじるつもりはないと、きっぱり語った。

『ターミネーター』マッケンジー・デイヴィス、誰かの「彼女」役になりたくないと告白 - フロントロウ

I don’t need to be the lead of the story, but I know that I don’t just want to be an actress. I want a particular version of a career, and I wouldn’t be happy if I made a career as the girl who gets jewelry lost inside her womb. But that’s just me!

Mackenzie Davis on Terminator: Dark Fate and the Male Gaze

この映画では彼女はなりたくないものになっている。REV-9にはEMP攻撃が有効だということでそのための武器を集めるのだが、襲撃にあい武器が壊れてしまう。その結果、REV-9には有効な手はなくなり、カールはわれわれが勝利する確率は十数%だという。グレースは自分の体内にそれと同じものがある、それを提供するために私は来たのだという。それを取り出すとグレースは死んでしまうのでダニーは拒否するが、最後の最後REV-9との戦闘中にそれしか方法がなくなってしまい、ダニーはグレースのお腹にナイフを突き立てて黄色い宝石のように輝くものを取り出す。ダニーはそれを使ってREV-9との戦いで逆転する。これは単にグレースの自己犠牲と捉えるべきかもしれないが、上のインタビューと合わせると、このシーンは出産の比喩ではないだろうか。そうだとすれば、彼女が強化人間になって戦闘を長い時間することができず、戦闘が終わるたびに水分や薬を補給しなければならないというのはつわりの比喩ではないだろうか。これでは彼女は文字通りの産む機械である。

最初にダニーを救世主だとして紹介されたとき、サラは自分の経験をもとに(ターミネーターシリーズのお約束の通りに)、ダニーが女性なので彼女の息子が必要なのだと理解した。サラはダニーを自分と重ねて、救世主の母親は大変なのよと同情し彼女をしっかり守ろうと決意した。しかし、それはミスリードで実はダニーこそが未来の人類を救うリーダーなのだということが明らかになる。「あなたの子供がリーダーになる」とみせかけて「あなたがリーダーだ」、ダニーは産む機械などではなくて主体性を持った人物なのだということが示される。このことはグレースのこととあわせるとプラスマイナスゼロという印象を受ける。それはREV-9がT-800とT-1000を単に足して、新しい敵なのか古い敵なのかよくわからないという印象とよく似ている。

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9/10/2020
更新

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