米中覇権の行方と日本の八〇年代

同当局者によると、トランプ氏は1974年制定の通商法301条の下、ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表に中国の貿易慣行の調査を開始するよう促すことを検討している。

通商法301条は、諸外国の不公正な貿易慣行から自国の産業を保護するため、関税や貿易制限など一方的な制裁措置の導入を可能にする。

米国は、中国が鉄鋼製品のダンピング(不当廉売)や米知的財産権の侵害を行っているなどとして貿易慣行を批判している。

通商法301条はライトハイザー氏がUSTR次席代表だった1980年代に日本のオートバイや鉄鋼製品などの輸入に対して適用されたが、95年に世界貿易機関(WTO)が設立されて以降はほとんど使用されていない。
トランプ氏、中国の貿易慣行への対応を近く決定=米政府当局者 | ロイター

昨今グローバリズムとナショナリズムの対立がさけばれているが、ヨーロッパが中東からの移民難民の問題で大きく悩まされているの別にすれば、その対立は結局のところ米中の覇権に関する問題に帰着する。アメリカでトランプのような大統領が誕生したのもそのことと関連している。

フランクは30歳代になって大学で石炭火力発電を学び、苦労が実って電力会社に就職した。クリーンエネルギーの時代に入ろうとしていたが、この地域では長らく石炭は安定した雇用の代名詞だった。ところが環境規制に厳しいオバマ政権下で発電所が閉鎖され、2009年に解雇された。

「一党独裁の中国の排出削減をどうやって確認するっていうんだ。協定で損をするのは米国。だから脱退するんだ。トランプ流の米国第一主義だ」
トランプ王国、冷めぬ熱狂 集会「ヒーロー凱旋だ」:朝日新聞デジタル

グローバリスト或いはリベラルは、自由貿易をノンゼロサムゲームだといいナショナリスト的な考えをゼロサムゲーム的な思考だと批判する。その時にグローバリストの使う言葉が「ウィンウィン(win-win)」でこれは自由貿易は両者にメリットがあるということを印象づけている。

ドイツのメルケル首相は、ハンブルクで7、8日に開く20カ国・地域(G20)首脳会議を前に各国首脳に対し、経済政策の分裂が解決不可能になる危険があると述べ、一層の分裂を回避し全ての国の利益になる包括的な「ウィンウィン」の解決策を目指す必要があると訴えた。
ドイツ首相、G20首脳に一層の分裂回避訴え-ウィンウィン目指す必要 - Bloomberg

ウィンウィンという言葉にはどちらも幸せという印象を受けるが、トランプ大統領が誕生して、誕生する過程で明らかになったのは、グローバル化の過程で「忘れられた人々(forgotten people)」がいたということだ。大統領選挙中には、アメリカの中間層が没落し、白人の寿命も縮んでいるというニュースが流れた。このことは、ウィンウィンという言葉が欺瞞であり、それは貿易総量、金額を増やすのかもしれないが、その内容までは考慮しない。それに対して、ベンサムの最大多数の最大幸福に対する批判と似たようなことができて、その幸福の総量がいくら高くても、そのそれぞれの量が独占されていたり偏ったりすれば、ウィンウィンという言葉が単なる嘘にしか聞こえない人々も出てくるだろう。そのような人からすれば、自由貿易もゼロサムゲームとして認識せざるをえないのではないか。

米国は中国の半導体分野での動きを1980年代後半の日本以来となる厳しい挑戦と見なす。米国は当時、貿易制裁と技術の進歩によってこの戦いを制した。日本企業はパソコン革命の原動力となった米国のマイクロプロセッサー技術に対抗できず、利益の少ない半導体メモリーでも韓国の後じんを拝することになった。

中国には日本にない強みがある。それは世界最大の半導体市場を抱えることだ。プライスウォーターハウスクーパース(PwC)によると、2015年の世界半導体売上高3540億ドルのうち中国が58.5%を占めていた。
中国が狙う半導体覇権、米中ナショナリズム対決 - WSJ

1980年代もゼロサムゲームの時代だった。日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれ、アメリカの経済規模に迫ろうとしていた。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(Japan As Number One)で、日本人の大国志向の深層心理をくすぐったエズラ・ボーゲル米ハーバード大教授が「将来の歴史家は八〇年代を、日本がついに米国を経済力で追い抜き、支配的な地位についた時代として位置づけるだろう」と書いたのは一九八六年春である(『フォーリン・アフェアーズ』誌「パックス・ニッポニカ」)。

一九八〇年代は早くもそのようなゼロ・サム(片方の得点は必ず他方の失点となる関係)・イメージでくくられようとしている。米国では、日本の「成功」は米国の「犠牲」の上にもたらされているとのパーセプションも広がっている。増大する一方の日米貿易不均衡がその証しとされ、日米だけでなく第三国市場での米国のシェア(市場占有率)喪失の半分は日本に奪われた結果であることが強調される。とりわけハイテクの分野では、日本の急進展が米国の主導権ばかりか国家安全保障まで脅かすに至っているとの不安感が高まりつつある。八七年春の米政府・議会の対日半導体報復攻勢は、このような不安感を背景に起こった。(p1)

『日米経済摩擦』船橋洋一

当時の日本は国際調和を掲げ、アメリカに譲歩していった。そのために今の低迷した日本があるのかもしれないが、その時のことを船橋氏はこう書いている。

もし「摩擦」の対極概念が「調和」であるとすれば、調和はそれ自体を高次の政策目標とすべきものなのだろうか。八六年四月の前川リポート(経済構造調整研究会報告書)では、「国際社会との調和」そのものを国家目標としている。日本の国家目標がつねに国際社会との調和にあるとすれば、国際社会が急変したり、バラバラになったり、「諸国民の公正と信義」に反するようなことになった場合はどうするのか。それこそ日本の国是、国民がこれだけは譲れないと希求する原理・原則はどうなるのか。それを捨てて「調和」だけで、乗り切っていけるのだろうか。(p4)

『日米経済摩擦』船橋洋一

八〇年代のハイテク分野への関心は、現在はAIなどの分野にうつっている(AI世界トップ目指す中国の脅威 (写真=ロイター) :日本経済新聞)。中国は2030年までにAIの分野でトップになろうとしているが(中国政府「2030年までにAIの世界的リーダーに」次世代計画を発表 - CNET Japan)、それが安全保障の分野に関わる問題だけに八〇年代と似たようなことが起こると予想される。今のところ、中国がかつての日本のように国際協調という名目で譲歩するとは思えないのと、中国は今のところ人口の面で日本と大きく違うので、今後の展開を注視する必要があると思う。

グローバリストがナショナリストをゼロサム思考だと非難する時、ナショナリスト側(保守)が考えていることは国家あるいは世界にとって何が善いかということである。それに対してグローバリスト(リベラル)が考えるのは国家あるいは世界にとって何が正しいかという問題である。リベラルは自由貿易が正しいという。自由貿易は正しいルールだからその結果も正しいと考える。それは手続きが正しければ、結果も正しいという考えにつながるが、逆に言えば手続きに怪しさがある場合には何もできない。「公正な」ルールの中で均衡がとれるのを放置するという考えが支配的になる。北朝鮮の問題でもシリアの問題でもその消極的なリベラルの放置は「戦略的忍耐」と言い換えられてきた。

多くの国が自由市場への支持を表明する一方で、米国を保護主義的だと批判している。しかし、そうした国々こそが不公正な貿易慣行に従事し、米国からの輸入に貿易障壁を設け、多額の対米貿易黒字を保っている。彼らは米国の昨年の7525億ドル(約83兆円)という貿易赤字は、単なる自由貿易の必然的な結果だと主張している。したがって、米国は文句を言うべきではないというのが彼らの言い分だ。
【寄稿】自由貿易は双方向だ=米商務長官 - WSJ

問題は「公正な」自由貿易の結果、中国の経済規模がアメリカを抜き、中国が覇権をとることが世界にとって善いのかということである。経済規模が大きい=世界のリーダーであるとは限らないかもしれないが、八〇年代はそういう雰囲気があった。リベラルの場合それを容認する可能性がある。ヒラリーがオバマとどれくらい違うのかは分からないが、ヒラリーが選挙期間中に「嘆かわしい人々」といった人々が出していたシグナルは中国の脅威であったように思う。それをトランプは「忘れられた人々」としたのだ。トランプは自分は企業家で「ディール」が得意だと言っていたが、ディールとはルールの公正さを決めるのではなく何が善いのかということを決めることだ。

中国は劉暁波氏の死去以降、VPNの遮断や個人間のデータ送信の検閲などあからさまに情報を制限し自由を奪っている(中国のVPN遮断、「防火長城」の裂け目封じか - WSJ中国で強まるネット検閲、転送中の画像も削除 - WSJ中国 「個人メディア」300以上一斉に閉鎖 ネット管理強化へ | NHKニュース)。中国共産党はその支配に正統性がないので(ある理想の中にしかない)、民主化の圧力をつねに恐れており、それにつながる動きは徹底的に排除する傾向にある((MONDAY解説)ノーベル平和賞の劉暁波氏死去 民主化の希望、消し去る中国 古谷浩一:朝日新聞デジタル)。そのような国家が世界の覇権をとったらどうなるかを考えるべきだろう。このようなやり方が何らかのかたちで正当化され世界で承認されていいとは思わない。すでに欧州では中国に対してものが言えなくなるかもしれないと思わせる兆候がある(欧州の人権批判にためらい 背景に中国マネー - WSJEU、対中批判の声明とりまとめ失敗 ギリシャが反対 - 産経ニュース)。
12/14/2019
更新

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