風景と人間 エベレスト3D

世界中の登山家をひきつける世界最高峰エベレストで1996年に起きた実話を、3Dで映画化したサバイバルドラマ。エベレスト登頂を目指して世界各地から集まったベテラン登山家たち。それぞれの想いを抱えながら登頂アタックの日を迎えるが、道具の不備やメンバーの体調不良などトラブルが重なり、下山が大幅に遅れてしまう。さらに天候も急激に悪化し、人間が生存していられない死の領域「デス・ゾーン」で離ればなれになってしまう。ブリザードと酸欠の恐怖が迫る極限状態の中、登山家たちは生き残りを賭けて闘うが……。
エベレスト 3D : 作品情報 - 映画.com


コルマウクル監督にとって今回が初の3D映画となるが、「アバター(2009)」「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」「ゼロ・グラビティ」といった作品を例に挙げつつ、「自分は、どんどん新しいことに挑戦していきたい」と意欲を語る。「自分は実際にエベレストに行って圧倒されました。本作では人々にエベレストの大きさ、そこに立つことの“圧倒感”を伝えたかったんです。私が1番やりたかったのは、6万5000ドル(約780万円)かけてエベレストに行かなくてもあそこに行ける映画を作ることだったんです」とその臨場感をスクリーンに宿らせることが使命だったと語った。
「エベレスト3D」監督、本作の目的は“そこに行ける”映画を作ること : 映画ニュース - 映画.com

本作はIMAXで観るべきものだと思うが(監督がどこかでIMAX用につくったと言っていた)、残念ながら北陸にはIMAXの設備がある映画館が無いので、従来のスクリーンで観た感想を書かざるをえない。

“IMAXデジタルシアター”は、映画を構成する「映像」「音響」「空間」「3D」「作品」という5つの要素を、IMAX社の独自の最新テクノロジーで最高水準まで高めた次世代のプレミアムシアター。 シアター全体がIMAX仕様にカスタマイズされており、高品質デジタル映像と大迫力サラウンドシステム、床から天井、左右の壁いっぱいに広がるスクリーンにより、まるで映画の中にいるようなリアルな臨場感を体感できます。
IMAXデジタルシアターとは? | シネマサンシャイン CHINEMA SUNSHINE×IMAX

ツアー会社は、アイゼンの付け方すら知らない経験不足な顧客に、山頂へのチケットを売りつけ続けている。登山客が多すぎるために複数の渋滞が発生しており、2012年には、ローツェフェイスに200人近くの登山者が連なる写真が話題になった。同年、12mの岩登りを伴う登頂前の最後の難関ヒラリーステップでは、2時間もの待ち時間が発生した。(参考記事:特集「満員のエベレスト」フォトギャラリー)

この“エベレストゲーム”は、たんなる登山の冒険の域を超え、ギネスブック風の記録追求になっているのが現状だ。たとえば、エベレスト登頂に成功した「初の女性」、「初の黒人男性」(南アフリカ人)、「初の南アフリカ人女性」という具合だ。この春は、初のビーガン(純粋な菜食の人)も参加していた。肉やチーズだけでなく、革製の登山靴や羽毛の寝袋の使用さえも避けていたという。

「真の登山者にとって大事なのは、登頂そのものよりも、その過程で得られるストーリーや体験です。それが、商業目的の登山の場合、登頂が目的になってしまっています」と、エベレスト登頂経験のある米国人登山家、コンラッド・アンカー氏は言う。
エベレスト商業登山、考え直すとき | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

エベレストの近年の状況が上のようなものらしいが、そのような状況につまりエベレスト登山が商業主義になっていった初期の状況を描いたのが今回の『エベレスト3D』だ。実話に基づいた話ということも関係しているのかもしれないが、何をしているのかわからない登場人物がいたり、登場人物同士の関係があまり明確ではなかったりする。(J・クラークとJ・ギレンホールが「エベレスト3D」で演じた“真逆”の登山家とは? : 映画ニュース - 映画.com)とあるのだけど、ロブ・ホール(ジェイソン・クラーク)とスコット(ジェイク・ギレンホール)の違いが明確に表れているとか、それが何かストーリーに関係しているという印象は持てなかった。ロブの隊「アドベンチャー・コンサルタント」にはジャーナリストも同行するが、彼も特に仕事をしてる風ではない。あと、キャスターみたいな女性もいたが、彼女は一体何だったのか。そういうことを考えてみると、キャラクターが薄くなっていくのというのは、エベレストでは人は上に上がって行くにつれて皆「同じ」になっていくということだろうか。単に人と山の違いだけになってしまって、その他の属性は吹雪と一緒に滑り落ちてしまう。(ただ、明確にエベレストの外とつながっている(外部に言及する)人間は別だが)

本作では1996年に起こった実話を基に、自然が猛威をふるう中で必死に生き抜こうとした人々のドラマが描かれるが、監督は当初からCGやセットを極力使わないで撮影しようと決めていたという。「ハリウッド大作だと過酷なシーンがあっても、観客は『この人たちは数分前まで豪華な控え室でクッキーを食べたりしてたんだろ?』って思ってると思うんだ(笑)。私は20歳の時に『炎628』というソビエト映画を観て圧倒されたんだ。目の前で本当に過酷なことが起こっているように感じた。だから私はいつも、自分の映画でも観客に世界を体験してもらいたいと思っているんだ」。

監督の志に多くの名優たちが賛同した。ジェイソン・クラーク、ジェイク・ギレンホール、ジョシュ・ブローリン、サム・ワーシントン……通常であれば“スター”の扱いを受ける俳優たちは、雪山に実際に上り、自分で荷物を管理して、危険と隣り合わせの環境で撮影に臨んだ。「ジェイクが『ケガは勘弁だけど、苦痛はいいよ』って言ってたよ(笑)。自分よりも作品を大事にしてくれる俳優は確実に存在するんだ。彼らは通常だと快適な環境で撮影しているけど、心のどこかで『このままでは精神が肥え太ってしまう』とわかっていると思う」。

監督の信念はドラマづくりにも貫かれている。近年のハリウッド大作は“共感”を求めるが、その結果として登場人物たちの多くがどこにでもいる“普通”の人になってしまった。しかし、本作に出てくる人々は命をかけて、大金を使って、零下26度の山に登ろうとする人々だ。「私は舞台出身で、かつてはチェーホフの作品もやっていたけど、彼の作品に出てくる人物はみんなロクでもない人ばかりなんだ(笑)。それでも観客は支持するし、実は共感できない人物の方が観客は共感できるんじゃないかと思う。だから私は登場人物が挑戦する姿を描いて、観客に反応してもらいたいんだ。それによくある大作映画だと必ず登場人物に“心理的な理由”があるよね? 子どもの頃に親に虐待された、とか。でも私は逆に観客に考えてみてもらいたい。『なぜ彼らはエベレストに登るのか?』と」
驚異の超大作『エベレスト3D』監督が観客に投げかける“問い”とは?|ニュース@ぴあ映画生活(1ページ)

今作の特徴はやはり映像だろう。一つは映像そのものには直接関係ないが字幕の問題だ。私は今まで3D映画を敬遠していた。その一番の理由は字幕の文字が見づらいからだ。字幕が画面の一番手前にあって、それが浮いていてしかもぼやけて見えるというのが映画体験にとってかなり不必要なものに思えたからだ。これ以前に最後に見たものはちょっと覚えていないが、そうした理由のためにそれから3Dは見なくなっていた。今作は3Dしかないので半ば仕方ないという感じで観たのだけど、字幕の問題は、いつからだろう、解決されていた。それまでのものは、字幕が一番手前でいつも飛び出して見えていたのだが、この作品では字幕が2つか3つ奥のレイヤーに配置されていて、つまり実際に写っているものより奥に字幕があるようにみえるのだが、文字が綺麗に見えた。いつもこういう風に字幕が見えるのなら、次から3Dの方も見てみようかなと思う。(これはこれで不思議な映画体験のような気がする。)

もう一つは、人間と風景の問題である。(ただ、これは繰り返すがIMAXで見なかったためそう思うのかもしれない)。3D映画では何かが手前に飛び出しているというような体験をできるが、そのために画面の奥行きが強調されるようになっている。手前にもの(旗や氷の柱など)があって、真ん中に人物、奥にエベレストなどの背景などが置かれ、という風に画面の中に明確に層のようなものがあるよう感じられ、それらがそれぞれ立体感を持って動いているようにみえる。そのためだろうか、人間がすごく小さく見える。通常、風景を俯瞰的に遠くから撮っていて、その中で人物が動いているときは、もちろんそのときも人間は小さく見えるのだが同時に人間は風景と同化していて人間は小さい人間として存在しているような風景の一部として大きく存在しているような(消えているような)曖昧な感覚を観ている人に与える。しかし、3D映画になると風景と人物は明確に別れており、またそういう風に人物がはっきり見えるので、人物が小さいということばかりが目につく。そういう画面では風景は風景ではなく、なんとなくミニチュアや模型のように感じられ、人間も人形のように見える。吊り橋のショットなどは素晴らしいが、山を観ているのだけど何か違うものを観ているような感覚を味わった。



答えのなさそうな『なぜ彼らはエベレストに登るのか?』について何か答えるとすれば、人間は「I'll be back.」と言いたいからではないか、とベック(ジョシュ・ブローリン)を見ていて思った。
9/10/2020
更新

コメント