料理番組が嫌いな 帰ってきたヒトラー



服装も顔もヒトラーにそっくりの男がリストラされたテレビマンによって見出され、テレビに出演させられるハメになった。男は戸惑いながらも、カメラの前で堂々と過激な演説を繰り出し、視聴者はその演説に度肝を抜かれる。かつてのヒトラーを模した完成度の高い芸として人々に認知された男は、モノマネ芸人として人気を博していくが、男の正体は1945年から21世紀にタイムスリップしたヒトラー本人だった。
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ヒトラーは薄型テレビを見て文明が進んでいることに感動するがテレビの内容を見るやいなや憤慨し始める。「なんだこれは!?」特に気に入らなかったのが料理番組だ。彼はネオナチの取材にいった時もネオナチのYouTuberがアクセスが稼げるからといって料理番組をやっていることに怒っていた。彼は何を怒っているのか。


料理番組は誰でも安心して見られるものだが(そのため時間制限を設けたりしてハラハラさせる演出もありうる)、それはなぜかというと単に料理の手続きだけを示すものだからだ。こうやって次にこうやって次にこうすれば料理が完成しますよ、というのが料理番組だ。こうやって手続きだけを示すというのは全くリベラルなやり方で料理番組はリベラルの権化といってもいいかもしれない。しかし、何の主張もないそれは全くヒトラーにとっては退屈なのだ。

サンデルは手続き的なリベラルな正義が優勢になるとそこに空白が生じ、そこに原理主義者がズカズカと入り込んでくるといっている。例えばゲイコミュニティを否定する不寛容に見える人に対して、リベラルは多様性を認めるよう主張するが何故ゲイコミュニティを認めなければいけないのかを語ろうとはしない。多様性が大事というのは一つメタな議論である。そういったメタな議論は例えばなぜロリコンは多様性に含まれないのかといった道徳的な議論に立ち入ることができない。そのためリベラルの議論はいつもスカスカになってしまい空白が生じるのだ。多様性を認めるならオレも私もといって原理主義者がそこに侵入してくるがリベラルの議論では彼らをそのままにしておくことしかできない。その空白を利用して登場するのがこの映画のヒトラーである。彼は料理番組が流行っている現状に目をつけテレビに出演し瞬く間に民衆の支持を得る。

ヒトラーはフリーのディレクターのサヴァツキにスカウトされて、しばらくデモの撮影をしながらドイツ中を旅してまわっていた。その中でヒトラーが犬に噛まれるシーンがある。犬が中々離れようとしないのでヒトラーは犬を撃ち殺してしまう。この時、客席から笑いが起きたのを覚えているが、おそらく小さな犬に翻弄されてヒトラーも大したことないなという笑いだったのではないかと思う。つまり何かを過小評価する笑いだ。お笑いには欠点をネタにしてそれは大したことないよと伝えるようなものもあるが、この場面ではヒトラーも大したことないなということで笑いが起きているのだ。ヒトラーはテレビ局の会議室に乗り込んだ際に、彼なりの演説をし「いいわね」ということでテレビに出ることになる。ちなみにそこで彼が演説したのは労働者や製品の責任についてだ。女性の番組責任者はヒトラーに「ユダヤ人のジョークはダメよ」というそれに対してヒトラーは「ユダヤ人のジョークなど誰が笑うのだ」と返す。ここでも何が大したことがないのかということについて相違があるために言っていることが噛み合っていない。私はここが一番おかしかった。そして後にヒトラーが犬を撃ち殺してしまったことがテレビを見てる皆にばれたシーンで、ヒトラーは大粒の汗をかいて動揺するがそれは彼が道徳的にやってはいけないことであると知っているからだ。客席では笑いが起きていたが、それは全く大したことではないということはないのだ。

映画では劇中劇でヒトラーをスカウトしたフリーのディレクターが「ヒトラーは危険だ」といってヒトラーに銃を撃つもヒトラーは背後から復活し「ヒトラーを大衆が求める限りヒトラーはいつどこででも復活する」といい幕を閉じる。監督から撮影のOKが出たあとのヒトラーはすでに親衛隊を従えている。映画内で実際にヒトラーをスカウトしたサヴァツキは劇中劇のようにヒトラーが存在しているのはマズいと思い、ヒトラーを何とかしようとするもすでに遅く彼は精神病棟の隔離施設のような場所へ入れられてしまう。「ヒトラーを大衆が求める限りヒトラーはいつどこででも復活する」のは真実だが大衆が求めたヒトラーが出てくるとは限らない。大衆はヒトラーを求めるが中途半端な指導者しか現れないかもしれない。ヒトラーを求める大衆を最も利用できるのは当たり前だがヒトラー本人なのだ。なぜなら彼らはヒトラーを求めているのだから。サヴァツキはそれに気づいたが少し遅くヒトラーは既にかなりの名声や権力を手にしていた。観客が笑えなくなるのも当然だろう。




11/23/2020
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