初めに愛があった インターステラー
近未来、地球規模の食糧難と環境変化によって人類の滅亡のカウントダウンが進んでいた。そんな状況で、あるミッションの遂行者に元エンジニアの男が大抜てきされる。そのミッションとは、宇宙で新たに発見された未開地へ旅立つというものだった。地球に残さねばならない家族と人類滅亡の回避、二つの間で葛藤する男。悩み抜いた果てに、彼は家族に帰還を約束し、前人未到の新天地を目指すことを決意して宇宙船へと乗り込む。
映画『インターステラー』 - シネマトゥデイ
(映画『インターステラー』予告1【HD】 2014年11月22日公開 - YouTube) |
話題は、ノーラン監督の徹底した秘密主義へと移行していくが、プロデューサーとして秘密を守ることに対して「とても難しいわ」と笑う。そして、「クリスがどれほど秘密主義かってみんなが言うけれど、J・J・エイブラムスだってとても秘密主義よ。基本的に私たちの願いは、観客が映画を見に行くとき、予告編以上の情報を持たずに見てもらいたいということなの。私たちは予告編に何を入れるかすごく考えて決めるのよ。あまりネタをばらさず、どんな映画なのか、ちょっとしたテイストだけ知ってもらいたいの」と真意を明かす。
ネット時代の到来により情報が氾濫し、製作サイドのそうした情報管理は簡単ではなくなったと話すトーマス。それでも、「『インターステラー』を作っていて、ちょっと変わってきているように感じるわ。フィルムメーカーがそういう風に映画を届けたいと表明したとき、それを尊重し、敬意を表してくれているように感じるの。「『ダークナイト ライジング』と違ってバットマンが出てこないから、あまり興味がないのかもしれないけど(笑)」と茶目っ気たっぷりにおどけてみせた。
「インターステラー」プロデューサーのエマ・トーマス氏、C・ノーラン監督の秘密主義の真意明かす : 映画ニュース - 映画.com
にも関わらず、試写会で見たのか何か知らないけれど日本での上映前にインターステラ-は「ほしのこえ」に影響を受けているとかいった記事をそうと分かるようにツイートしたりRTしたりしてる人がいるのをたまたまタイムラインで見てしまって、とても残念だああああとか映画館で映画を観たことないんだろうかとか思ったのだけど、本編を見るとそんなレベルではありませんでしたね。でも控えてくれないかな…と思います。
率直に言うと、これを観ながら「幽霊+星からの脱出(超越)」で(kitlog: 意識の在処について、呪怨とトランセンデンスから)ほとんどこれの話を7月のことを思い出しましたが、更に時間や家族の要素もあって別のインスピレーションも与えてくれる映画でした。テーマは劇中でアメリア・ブランドが語ったまさにこれ、Love is the one thing we're capable of perceiving that transcends time and space.
劇中で、アン・ハサウェイ扮する生物学者アメリアが「“愛”こそが、時空を超えた力を知覚できる能力だ」と語るシーンがある。ノーラン監督は「愛の力を信じている、というよりも明白な事実だと思うよ」と前置きし、「アメリアは『愛は時空を超える』と言うが、シンプルに言い換えれば、『人は誰しも死んだ人を愛し続けることができる』ということだ。僕の父は数年前に他界したが、彼が生きていた時と全く同じ気持ちを今も抱いている。時間によって、自分の気持ちが変化していないんだ。愛というものの力はとても力強く、よく分からないものだけれど、少なくとも時間によって変わっていくものではないんだよ」と愛についての持論を明かした。
クリストファー・ノーランが明かす「インターステラー」とスピルバーグ映画の関連性 : 映画ニュース - 映画.com
舞台は環境の変化によって土地が荒廃し食糧難が発生している近未来。人類は滅亡しかかっている。時代は農業にあり食糧難に対処することが全てであるから、宇宙開発は無駄だと考えられている。そのパラダイムというか見方の枠組みのために、アボロ計画はアポロナンセンスとして実際にはなかったことと教科書に記載され、その目的はソ連との宇宙開発競争を演じ開発費の無駄使いをさせソ連を崩壊させることだったということが常識になっている未来。
主人公の元宇宙飛行士現在農家のクーパーはその状況に苛立って次のようなことを言います。「人類は冒険を忘れてしまった。何が"橋渡し役"だ!」と。ここでの橋渡し役とは内にあるものを繋げていくというイメージなのでしょう、外に行かない、内が大変になっている時こそ外に出る冒険をしなければならない、この時はそう考えていると思います。しかし、最後まで観れば分かりますが、これは時間と空間が安定していてそれらの関節が外れていない時の彼の信念で、後の方になるとその考えは変わることになります。そういった風に色々な反転、転向がこの映画には観られます。さまざまな嘘や状況の変化によって。ただ目的はずっと変わらない、"愛というものの力はとても力強く、よく分からないものだけれど、少なくとも時間によって変わっていくものではないんだよ"というわけです。
クーパーと彼の娘マーフは書斎で不思議な現象に出会います。本棚から不思議な間隔で本が落ちてくる、砂嵐で部屋に入ってきた砂が不思議な模様を描いている。マーフはそれを幽霊の仕業だといいますが、クーパーはそれを「事実を見るんだ」と諭して重力のせいだといいます。クーパーはこの時点では、極めてまっとうな「科学合理主義者」なのです。だからアポロ計画をアポロナンセンスだと偽ることに耐えられない。
「君の娘さんの世代で世界は終わる」と告げられたクーパーは、愛する娘と共に世界の終わりを待つか、それとも娘の未来のために旅立つかという、究極の決断を迫られる。そして彼が選んだのは娘の未来だった。「行かないで」と懇願し泣きじゃくる娘に対し、「親は子供の記憶の中で生きる、とママも言っていただろう」と諭すシーンが実に切ない。
【レビュー】究極の"父娘愛と絆"に涙腺崩壊!父ノーランとして描いた感動巨編『インターステラー』 | マイナビニュース
他者との関係が開かれるためには、「われわれの現在としての現在」の安定性が破られ、「私の生あるいはわれわれの生としての生」の調和が破砕されてしまうような、アナクロニック(反時間的)な契機が介入してくる必要がある。いいかえれば、存在と時間の秩序を撹乱し、一者あるいは全体性への「結集」の運動に乱調をもたらすもの、それこそ他者の到来であり、ここでは幽霊的他者の到来なのだ。
『デリダ (「現代思想の冒険者たち」Select)』高橋哲哉 p253,254
物語の後半になって分かるのは、実際に彼にとって必要だったのは「科学合理主義者」の立場で重力として現象を見ることだけではなく幽霊としてもそれを見るということでした。5次元の部屋に入り込み時間がモノのように並べられた空間の中からあの書斎にメッセージを送っていたのは、未来のクーパーいや未来といった概念がもしかしたら存在していないような場所にいるクーパーであり、そこに意志があることを見る必要があった。その意味で本棚のSTAYのメッセージをマーフが解読するとともにその意志を伝えようとしたことに対して、クーパーが非難しきつく対応したのは間違っていると後悔する、しかしそれはもう過去のことなんですね。5次元の部屋でクーパーは現在のマーフに何かをしてあげたいと思う、彼の目的は娘の将来を救うことなのであり、そのことが自分の生きる土台のようなものだと思っているから。マーフは地球で重力の問題を解こうとしており、ブラックホールの量子データさえあればそれが完全に解け重力の操作によって新しい生活環境をつくることができる、クーパーはTARSという有機的機械とブラックホールにわざと落ちてそのデータを得ているが、それを伝える方法が見当たらない。「何が橋渡し役だ!」の橋渡し役が見つからないのです。空間と時間の関節が外れてしまった場所で彼は橋を求めます。それが愛、具体的には娘との約束の記憶でした。あるいは単に娘と交わした何気ない会話についての記憶だったかもしれません。
Cooper: Murphy's law doesn't mean that something bad will happen. It means that whatever can happen, will happen.
心霊科学に対する過去にあった偏見、そして今日でも多くの人が抱いている偏見はどのように説明されるでしょうか、たしかに、みなさんがなさっているような研究を《科学の名において》非難するのは、特に中途半端な学者たちです。
『精神のエネルギー (レグルス文庫)』三《生者の幻》と《心霊研究》ベルクソン p76
CASE: This is not possible.
Cooper: No. It's necessary.
物質がそこでそのままにされていたら、物質は止まっていたでしょう。そしておそらく、われわれの研究室での製造作業もそこで止まるでしょう。生命のある物質のいくつかの特徴が模倣されるでしょう。しかし、その物質が再生され、生物変化論の意味で進化するための飛躍は刻印されないでしょう。ところで、この再生と進化が生命そのものです。この二つが、内的な推進力を表わしています。つまり、空間の中で数を増やすことと、時間の中で複雑になっていくこととによる、数と豊かさの点での増大、生命とともに現われ、あとになって人間の活動の二つの大きな原動力である愛と野心になる二つの本能を表わしています。明らかに、ひとつの力がわれわれの前で働いています。その力は、束縛から逃れ、また自らを超えて、自らが持っているものを与えようとし、ついには自らが持っている以上のものを与えようとします。精神にこれ以外の定義を与えることができるでしょうか。
『精神のエネルギー (レグルス文庫)』ベルクソン p32,33
――みなさん、共通して“親子愛”に感動していますね。どのシーンが泣けましたか?
原田:私は主人公クーパーが、子どもたちを救うため宇宙飛行士として宇宙へ旅立つことを決意したシーンです。『行かないで』って引き止める娘マーフの気持ちが痛いほど伝わってきました。子役の子は、すごい演技だったと思います。
佐藤:私もそのシーンから、涙腺がゆるみはじめました。娘が怒る気持ちわかるなあって。
土屋:あと、お父さんが宇宙に旅立ったあと家族とやりとりをするビデオレターのシーンも泣けました……。
渡辺:そうそう、お父さんは旅立ったときと変わらない姿だけど、残された子どもたちは……。あのシーンは衝撃的です。切なくなりました。
この冬絶対泣ける感動作! 映画『インターステラー』は大切な人と観てほしい![1/3ページ]|ウーマンエキサイト コラム
一番グッときたのはクーパーが助手席の足下に娘が忍び込んできてるんじゃないかと思ってブランケットみたいのをめくるところですかね。
今回の役は「これまでとは勝手が違った」と感じている。「私は生来とても引っ込み思案で、取材の人たちと話すときも、映画のこと以外は話さないの。私の家族や自分のパーソナルライフを守りたいから。でも、今回の脚本を初めて読んだとき、私は、“彼女”が折り合いをつけようとしている心の傷や、彼女自身についての疑問が理解できた。それは、私個人の経験のせいだわ。だから今回ばかりは演技をしながら、私自身が持つものを彼女と分かちあったり、自分をさらけ出したりしないといけないと思った」という。そういう経験が初めてだっただけに「だからこそ演じるのは難しかった」と打ち明ける。
インターステラー:ジェシカ・チャステインさんに聞く「この映画は感じるために作られている」 - MANTANWEB(まんたんウェブ)
(映画『インターステラー』予告1【HD】 2014年11月22日公開 - YouTube) |
クリストファーノーランは空間の表現で驚かせてくれることがありますが、5次元の部屋を観た時に思ったのは無機質な線と点が並んだものよりももっと正確な脳のモデルではないかということです。あの部屋は『あなたの人生の物語』の想起させますが、そのような想起そのものの表現こそ「あの部屋の生成から消滅」なのではないでしょうか。5次元の部屋が4次元空間に折りたたまれることが想起するということではないか。
ベルクソンは脳の唯物論的モデルに対して強い批判をしていますが、私もそれは正しいような気がしています。
脳の役割は、精神がひとつの記憶内容を必要とするとき、求められているその記憶内容に適切な枠を示す態度、もしくは生まれつつある運動を、精神が身体から得ることができるようにすることです。枠があれば、記憶内容はひとりでにやってきてそこに入ってきます。脳の器官はこの枠を準備するのであって、記憶内容を提供するのではありません。
(略)
フルに活動している脳のなかを見て原子の往復運動をたどり、それらの原子がしていることのすべてを解釈できるひとがいれば、おそらくその人は精神のなかで生じていることを知るでしょうが、しかしそれはわずかのことでしょう。身体の身ぶり・態度・運動として表現されうるもの、なされつつあるか始まったばかりの行動のなかで魂の状態に含まれているものを、その人は正確に知るでしょうが、その他のことについてはほとんどわからないでしょう。意識のなかで展開される思考と感情を前にしたその人の立場は、舞台の上で俳優がしているすべてのことをはっきりと見てはいるが、せりふは一語も聞こえない観客の立場に似ています。
『精神のエネルギー (レグルス文庫)』ベルクソン p90.91
9/10/2020
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