未遂のシング・ストリート 聲の形
「週刊少年マガジン」に連載され、「このマンガがすごい!2015」(宝島社刊)オトコ編第1位、第19回「手塚治虫文化賞」新生賞を受賞した話題作『聲の形』。 多くのヒット作を手がけた京都アニメーションによって映画化された本作だが、9月17日の公開からわずか3日で、観客動員数は30万人突破し、興行収入は4.1億を記録する大ヒットのスタートをきった。
「聲の形」 公開3日で観客動員数30万人、興行収入4.1億円突破の大ヒットスタート | アニメ!アニメ!
退屈を何よりも嫌うガキ大将の小学生・石田将也は、転校してきた西宮硝子に無邪気に好奇心を抱く。彼女が来たことで退屈から解放されるが、硝子とのある出来事をきっかけに周囲から孤立してしまう。それから五年が経ち、二人はそれぞれ別の場所で高校生になっていた。あの出来事から殻に閉じこもっていた将也は、硝子の元を訪れる。
映画 聲の形 | Movie Walker
原作は未読なのだが、映画を見ながら何かおかしい何かおかしいと思っていたことが、原作のあらすじを見てはっきりした。それはなんでこの人たちはこんなに集まっているのだろうということだ。何かそのための目的でもあるのかな途中で出てくるのかなと思っていたが、彼らがしているのはその中の人間関係の話だけである。終盤に聴覚障害の西宮硝子は「自分がいると不幸になる」といって自殺までしようとするのだけど、すごく唐突に感じた。ずっと人間関係の話をしていてその問題が解消されて終わるのだが、原作のあらすじを見てみるとここに集まったメンバーは皆で文化祭に向けて映画を撮るという目標があったようなのだ(あのピンホールみたいな画はそういうことなのかもしれないが(高校生が回想シーンをつくるのは無理か))。なんでそんなもったいないエピソードを外したのだろうかと疑問に思う。劇中で「何かやってるな」と思わせるのは西宮硝子の妹の西宮結弦だけである。彼女は一眼レフを持ち歩いて主に動物や虫の死骸の写真を撮っていてそれを部屋中に貼っているという変な人で、それは姉が自殺を考えないように残酷なもの(死)を見せているのだとなんとなく知らされる。が、それ以外の写真も撮っていてそれを母親が勝手に応募し賞をとる。葛藤は昇華して救われるのが王道だと思うが、それはサブエピソードでこの映画は主人公たちの過去を含めた人間関係のエピソードばかりが取り上げられる。映画の序盤は小学生の時の回想シーンで構成されているが、結弦のようなそこでの問題を別の形で表現するようなプロセスあるいはそういった飛躍がないために、主人公たちは高校生になっても小学生のままなのではないかと錯覚させられる。そこがおかしいと思った点だ。失ったものがまるで人間関係だけみたいに見える。
大不況にあえぐ85年のアイルランド、ダブリン。14歳の少年コナーは、父親が失業したために荒れた公立校に転校させられてしまう。さらに家では両親のケンカが絶えず、家庭は崩壊の危機に陥っていた。最悪な日々を送るコナーにとって唯一の楽しみは、音楽マニアの兄と一緒に隣国ロンドンのミュージックビデオをテレビで見ること。そんなある日、街で見かけた少女ラフィナの大人びた魅力に心を奪われたコナーは、自分のバンドのPVに出演しないかとラフィナを誘ってしまう。慌ててバンドを結成したコナーは、ロンドンの音楽シーンを驚かせるPVを作るべく猛特訓を開始するが……。
シング・ストリート 未来へのうた : 作品情報 - 映画.com
(シング・ストリート to find you|kitlog)
今夏に上映していた『シング・ストリート』もいじめが描かれる。主人公のコナーは親の失業をきっかけに転校しそこでいじめを受ける。が、それをきっかけに友達ができ(あいつひどいやつだよなという共通の話で)その友達をプロデューサー兼撮影監督として、学校の前に住んでいると思われる美女を誘うために楽曲のプロモーションビデオをつくることにする。子供同士だけでなく教師からも嫌がらせを受けるが、彼らはそれも曲にすることで反抗などの意志を別の形で表現することに成功する。劇中で自信をつけたコナーは以前にいじめを受けた相手に対して「暴力は無意味だ、何もうまない」といって、かれがいじめを受けた心理的葛藤を別の表現を得ることで克服したことを突きつける。そしてその飛躍としてうまれた音楽が素晴らしいために観客は目と耳を傾けざるを得ない。『聲の形』ではそのような別の表現への転換ができているのは硝子の妹の結弦だけだ。他の主人公たちはずっとむかしのいじめの枠内にいる。それがなぜまずいのか、というのはいじめの性質に関係があると思う。
いじめと乱暴やいたずらは、どこが違うのか。その区別は難しいが、若干の違いを示すことにしよう。乱暴が攻撃衝動を直接的に発散するプリミティブな行為であり、いたずらが相手への愛着を素直に表しえない、逆説的な行為であるのに対して、いじめは、「いたぶる」とか「いじる」という語源から理解されるように、「なぶりものにする」という、相手を侮り、まったく馬鹿にした行為であること、また、「弱い者いじめ」という言葉にもあるように、力の明らかな差のもとに行われること、さらには狡猾さや陰湿さが伴うことなどの特徴が認められることだろう。したがって、いじめは、「無邪気さ」とか「頑是なさ」という言葉でもって少しは大目に見うる乱暴やいたずらとは心理的に違う、許しがたい行為なのである。
ここでは、小学五年生のいじめっ子の事例を紹介し、それを通して考えてみよう。小学校の高学年ともなれば狡猾さが加わり、巧妙ないじめが見られる。その上、見つからなければ良いという考えから隠れて行われるようになる。また、もし見つかったとしても、自分ではないとしらを切ったり、他人に責任を転嫁したりするという悪知恵も加わってくる。(p192,193)
『子どもの悲しみの世界 対象喪失という病理』森省二
硝子が転校してきて彼女の耳が聴こえないことがどういうことかが明らかになってくると、彼女はいたずらの対象になりいじめの対象になる。いたずらは周知のもとで行われるが、いじめは上にもあるように陰湿さや狡猾さが加わってわからないように行われる。いじめに発展したなと思ったのは、将也が黒板に硝子の悪口を書いたところだ。将也は黒板に硝子の悪口を大きく書いて、教室に残っている彼の友達の5,6人はそれを見て悪いやつだな―とか言ってるだけだ。そこに突然硝子が教室入ってきてそれを見る。将也は自分が書いたのにも関わらず、「誰が書いたんだろうなー、悪いやつがいるなあ」という感じでまるで他の誰かがやったみたいに語り、それを自分で消してみせる。そのニュアンスに気づいたのかどうかわからないが、それに対して硝子は黒板に「ありがとう」といってこたえる。これはいじめとしては成功している。なぜなら、わからないようにやるのがいじめだからだ。周囲にあるいは相手に「完全な悪だ」という印象を持たれてはならないためにそこから隠れるための場所(そういうつもりではなかったと言えるような)を確保しないといけない。けれど、それは同時にコミュニケーションが失敗している(成功しながら失敗しているというのが正確か)ことでもある。コミュニケーションの失敗は直接的な「いたずら」とは違う「いじめ」に必要な要素だ。それは狡猾さや陰湿さに利用できるのだ。小学生の将也はそれが分からず、コミュニケーションを失敗させようとしているのにコミュニケーションが失敗していることに苛立っている(好意もあるのだと思うが)。彼はその苛立ちから「いたずら」に回帰するが、その直接性への回帰は彼女の補聴器を盗ったり壊したりすることになり、彼は彼女に怪我を負わせ補聴器の賠償をしないといけなくなる。将也は母親とともに硝子に謝りに行くが、彼女はすぐに転校してしまう。その後、将也がいじめの対象になる。
将也はいじめる側に慣れたことでコミュニケーションの失敗が常態化し表現することがどういうことか分からなくなると同時に、いじめられる側になってしまったことでもコミュニケーションの失敗が常態化し表現することがどういうことか分からなくなる。中学に進んでもいじめは続き彼は自分のお気に入りのCDを小学校で同じクラスだった島田たちに披露するが、「お前がそれを好きならファンを辞める」と言われてしまい、自分の思っていることと全く違う反応をされてしまう。ここでもコミュニケーションが失敗している。これでは表現したいという欲求も失せるかもしれない。彼は高校時代の大半を孤立して過ごし、母親への補聴器での「借金」をバイトで返済し終わった後自殺を考えるが、荷物を整理していて、小学校時代に硝子が使っていた筆談ノートが見つかり彼女にそれを返しに行くことにする。そこで将也と硝子は再会するが、コミュニケーションの失敗に悩んでいた彼が密かに覚えていた手話が彼女にぴったり通じてしまい、つまりコミュニケーションが成功し、それがきっかけで彼は生き直しはじめる。原作に映画製作のエピソードがあるならそこから映画をつくったほうが良いんじゃないかなと思ったが、この映画では、いじめに限らなくてもコミュニケーションは失敗することもある(成功することも)ということが延々と語られて、主人公がそのことに最後に気づくというのは少し冗長かなと思った(原作を見てないのにこう書くのは不誠実だとは思うけれど)。コミュニケーションを別の表現に向けることができないとまた同じことに悩むことになりはしないかと思った。とある事件で主人公は死にかけるが、死の代理物が見たかった。死ぬことに向かうエネルギーを発散する何か。ジェットコースターじゃない何か。おそらく結弦が死骸を撮る合間に撮っていた写真がそれなのだろうけど(硝子には伝わらなかったが、賞の審査員には伝わった)。
9/10/2020
更新
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