回想シーンの是非と時系列 海賊とよばれた男

主要燃料が石炭だった当時から、石油の将来性を予感していた若き日の国岡鐡造(岡田准一)は、北九州・門司で石油業に乗り出すが、その前には国内の販売業者、欧米の石油会社(石油メジャー)など、常に様々な壁が立ち塞がり、行く手を阻んだ。
しかし、鐡造はどんなに絶望的な状況でも決して諦めず、それまでの常識を覆す奇想天外な発想と、型破りの行動力、何よりも自らの店員(=部下)を大切にするその愛情で、新たな道を切り拓いていった。
その鐡造の姿は、敗戦後の日本において、さらなる逆風にさらされても変わることはなかった。
そしてついに、敗戦の悲嘆にくれる日本人に大きな衝撃を与える “事件”が発生する。
石油メジャーから敵視され、圧倒的な包囲網により全ての石油輸入ルートを封鎖された国岡鐡造が、唯一保有する巨大タンカー「日承丸」を、秘密裏にイランに派遣するという“狂気”の行動に打って出たのだった。
イランの石油を直接輸入することは、イランを牛耳るイギリスを完全に敵に回すこと。しかし、イギリスの圧力により貧困にあえぐイランの現状と自らを重ね合わせた鐡造は、店員の反対を押し切り、石油メジャーとの最大の戦いに臨む。
果たして、日承丸は英国艦隊の目をかいくぐり、無事に日本に帰還することができるのか?
そして、国岡鐡造は、なぜ“海賊”とよばれたのか?
その答えが、明らかになる―。
海賊とよばれた男 - 映画・映像|東宝WEB SITE



山崎 そうですね、脚本打ち合わせは大変でした。物語全部を時系列に沿って見せていくよりは、時系列が混乱していた方が国岡商店の集団としての面白さが見えてくる感じがしたんですね。時間を超えた事情というか、混然一体となった出来事の塊が最後にタンカーをイランに送ってしまうみたいな、……言葉にしづらいんですけど。

映画全体の扱いとしてはそういうふうにしたかったんですよ、今回は。もう混然とさせたかったんです。人間の思い出って混然としてるじゃないですか。突然高校時代の事を思い出したりとか。

須本 確かに。

山崎 学生時代の事を思い出したと思ったら、会社に入った時の事を思い出したり、もっと子供の頃の事を思い出したり。記憶って別に時系列で並んでいないんですよね、頭の中では。鐡造の走馬灯のような映画にしたい一面もあったので、ごちゃごちゃにしたかったんですよ(笑)。

須本 あえて、なんですね。

山崎 原作のボリュームがすごいので、通常の映画の作り方とはちょっと違うんですよね。原因と結果の連続ではなくて、「この時はこの人たちはこういう行動をしました」「この時はこういう行動をしました」と、そういうものを少しランダムにあてる事によって見えてくるものもあるんじゃないかなというのが今回の実験………、実験ていったら語弊があるかな(笑)。
映画版監督と漫画版作者の共演!『海賊とよばれた男』はココがスゴい(イブニング編集部) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)

山崎貴監督の『永遠の0』でも、現代と過去を往復するように回想シーンが多用されていた。主人公が自分の祖父がどういう人物なのかを確かめるために、祖父と一緒にいた多くの戦争経験者に話を聞き、彼らの話を聞くたびに回想シーンとなり祖父がどういう人物だったのかが語られる。回想シーンが多用されるのは意味がある。主人公は最初、祖父は臆病者だったと聞かされるのだが、回想シーンを経るごとにそれが修正されて、実際はそうではなかったということが明らかになる。祖父の友人の回想を経ることでミステリのような構成になっている。

それに対して『海賊とよばれた男』はどうかといえば、回想にそれほど意味があるようには見えず、それが多用されていて同時に現代過去現代過去という時間の進み方も現代のほうが戦前と戦後で少し戻ったりするので時間軸が複雑で、シーンもぶつ切りなようにみえて感動も削がれる結果になっていると思う。『この世界の片隅に』は時系列に沿った戦前戦後を描いた映画で、原爆投下や終戦に向けて登場人物がどう動くかというのが何も作為がないのにサスペンスのような雰囲気を演出している。『海賊とよばれた男』も同じように時系列に沿って回想を減らして、鐵造が写真などを見て回想する(過去シーンに戻らないで)のと同じように観客が過去のシーンを思い出すことができるようにしたほうがテンポも良くなったのではないだろうか。回想にそれほど意味がないと書いたが、鐵造にとっては過去の自分から勇気や知見をもらうということがあるのだけど、それが観客には少しわかりにくいと思う。時系列がバラバラで耐えられるのは正当な時系列を知っている人だけ(つまり鐵造)ではないだろうか(特に人生という長いスパンの話であるだけに)。

最近見た映画の中で回想が印象的なものを挙げると、『ファインディング・ドリー』『星ガ丘ワンダーランド』『カノン』の回想は主人公の子供時代の記憶の不確かさを描いていてそれが徐々に明らかになる。『デッドプール』の回想は俺ちゃんがどうやってデップーになったかということで一貫している。
9/10/2020
更新

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